【怖い話?】捨てられ猫きょうだいの話
猫カフェ常連仲間の女性、Sさんから聞いた昔話。
猫カフェに通い詰めるだけあって、Sさんは小さいころから無類の猫好きだったそうです。
近所に住んでいる大叔母さんも猫好きで、シャムだとかチンチラだとかベンガルだとか、そんな珍しい種類の猫を何匹も飼っている、地元では有名な猫屋敷の主でした。
Sさんは、そんな大叔母さんのおうちによく遊びに行って、そんな猫たちと遊ばせてもらっていたそうです。引っ込み思案であまり友達が多くなかったSさんにとって、猫たちは友達で、家族のようなものでした。
Sさんも猫を飼いたがっていたのですが、Sさんが小学校に上がるまで喘息があったので、両親は、大叔母さんの家に行くのにも、あまりいい顔はしなかったですし、猫を飼うなんてとんでもないというスタンスだったそう。
ある日、いつものように大叔母さんのおうちに遊びに行くと、小洒落た大叔母さんの家の前に似つかわしくない、温州みかんの段ボールが置かれていたそうです。
近づくとみゃーみゃーと小さな鳴き声がして、慌ててガムテープを引っぺがして段ボールを開けると、中には生後半年くらいでしょうか、子猫と呼ぶには少々育ちすぎた、白黒のハチワレ猫が2匹。
猫をたくさん飼っている、と知られると、こういうことがたまにあるのだそう。
1匹2匹増えたところで大丈夫でしょ、猫好きなんだから。そんな感じで、拾った子猫や野良猫を押し付けられたり、こうやってこれみよがしに家の前に猫を捨てていかれたり。
大叔母さんはぐったりした様子で、2匹の猫に水と餌をあげながら、猫仲間たちに、だれか引き取り手がいないかと連絡を取り始めました。大叔母さんは、基本的に血統書付きの綺麗で珍しい猫が好きで、言い方は悪いですが、明らかな雑種の猫には、あまり心惹かれないようでした。このまま大叔母さんの家で飼うのは難しそうです。
一応の住処を得ましたが、病気などの懸念もあったのでしょうが、ほかの猫たちと違い、狭い部屋に隔離されて過ごしているさまは、なんだか邪険にされているようで可哀想に思え、Sさんは毎日のように、学校帰りに白黒のハチワレ兄弟の様子を見に行くようになりました。Sさんが仮の名前を付けて、世話を焼いて、可愛がりました。
名前も、Sさんが付けました。さくらとかしわ。
ビビりのくせに甘えたがりで、子猫のような声で鳴くさくら、好奇心旺盛なのにどこかどんくさく、「のわ~」と妙にドスがきいた声で鳴くのがかしわ。柄や姿かたちはよく似ていましたが、しぐさが全然違うので、簡単に見分けられたといいます。
さくらとかしわは、なかなか引き取り手が見つからないまますくすくと育ち、いつの間にやらすっかり成猫になっていました。
このまま大叔母さんの家の子になってくれないかな、そんなことを思っていた矢先、大叔母さんの家に行くと、かしわの姿がありませんでした。
「引き取りたいっていう人がいたから」と大叔母さんは少しほっとした様子で言いました。お別れもできなかったことにショックを受けつつも、引き取られたのならよかったと、寂しそうに兄猫を探して鳴くさくらを構いながら、なんとか気持ちを納得させました。
甘えん坊のさくらは、かしわがいなくなった後、そのあと落ち込んで落ち込んでご飯もろくに食べないので、Sさんはますます大叔母さんの家、というか、さくらの部屋に入り浸るようになりました。
その頃から、大叔母さんの家で、妙なことが起こり始めました。
「あら? 今、さくらが外に出ていたと思ったんだけど」
Sさんがさくらを構っていると、大叔母さんが部屋に来て、そんなことをいうことが増えました。
「さくらなら、ずっと一緒にいたよ? それに、さくらは怖がりだから、ドアが開いてても部屋の外なんて出ないよ?」
「変ねぇ……確かにさくらだと思ったんだけど……」
さくらは、絶対に部屋の外には出ませんでした。ドアが開いていると外に出て、いたずらをするのは、決まってかしわの方。
そのほかにも、確かにSさんが片づけておいたはずの猫じゃらしがぐちゃぐちゃに放り出されていたり、Sさんの鞄につけていたストラップが、明らかに猫に食いちぎられたように壊れていたり……、そんなことが起こるようになりました。
どれもこれも、さくらは絶対にやらないことでした。
「かしわ?」
思わず名前を呼びましたが、当然ながら答えはありません。
そもそも、かしわは自分の名前を覚えない猫でした。
そんなある日、またさくらに会いに来たSさんは、玄関先で大叔母さんと立ち話をしている若い男を見つけました。人見知りのSさんは、見知らぬ男の姿にびっくりしてしまって、挨拶もできずに玄関先で立ち止まり、結果的に二人の話を盗み聞きするような形になってしまったそうです。
その男は、かしわを引き取っていった人で、うっかりかしわを逃がしてしまったから、今度はさくらを引き取りたいと話しているようでした。
大叔母さんは、かしわを逃がしてしまったということに引っ掛かりは覚えているようですが、困った猫を手放せるのなら、とさくらを引き渡す方に心が傾いているようでした。
「うなん!」
瞬間響いたその鳴き声は、確かに、ひどく怒った時のかしわの声だったといいます。
「さくらは、わたしのなのでだめです!!」
その声に背中を押されるように、Sさんはそう、大声で叫びました。自分でも、こんなに大声が
「大叔母さん、さくらもかしわも、うちに連れて帰る。お父さんたちは私がちゃんと説得するから」
Sさんの言葉に、大叔母さんは驚きながらもうなずいて、男を、そういうことなので、と帰らせました。
「さくら、一緒に帰ろう? ほら、かしわも一緒だから、怖くないよ」
キャリーに詰められて怯え切ったさくらに、そう声をかけて。
「かしわ。かしわも一緒に行こう? かしわの大好きなかつおぶし、いっぱい用意するからね。ほら、ここにおいで」
空っぽのトートバックに、かしわが好きだったブランケットを詰めて。
両手に大切な猫たちを抱えて、Sさんは自宅に帰りました。
かしわを連れて行ったあの男のことは、今もよくわからないままです。嫌な想像もしたそうですが、時々ふと姿を見せてくれるかしわは、相変わらず鈍臭くて呑気そうで、深くは考えないことにしたそうです。
「もう今じゃ、かしわもさくらも、うちにはいないみたいだけどね~」
さくらが天寿を全うしてしばらくしてから、かしわの気配も、綺麗さっぱりなくなったのだといいます。
「さくらの見間違いじゃないのかって、よく言われるけどね。でも、私はさくらとかしわを見間違えたりしないよ。そういうものでしょ?」
私でも時々見間違える、そっくりの茶トラ親子をしっかりと呼び分けるSさんは、そう言ってころころと笑いました。
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