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ニュー・ノーマル前夜の情景⑤

5.マネジメントの変化によるビジネスの創造

 これまで本稿では,自分自身が生きてきた戦後の昭和,平成,そして令和のおよそ65年間に目撃してきた。あるいは目撃してきたであろう,社会を変える変化エネルギー創出の3つの要因,すなわち「グローバリゼーションの進展」,「情報通信技術とネットワークの進化」,「自然災害とパンデミックの脅威」について概観してきた。これらは存続することを究極的目的とした「企業」の経営環境を変化させる主要な要因である(注41)。しかも,それらは将来においても変化を引き起こす重要な要因ともなるに違いない。もちろん,それらに集約することのできない他の要因が存在するかもしれないし,今後新たな要因も重大な変化をもたらすことになるかもしれない。
 とはいえ,近年の企業を取り巻く経営環境に限定すれば,これら3つの顕在化した要因が大きな影響を与えてきたといえる。しかも,これら3つの変化の要因以外にも,変化をもたらす別の要因が経営環境に存在することになれば,経営環境や社会環境は,一層複雑性多様性,不確実性の高いものになる。その結果,企業が対応すべき対象はますます増え,より複雑な社会変化の生じる可能性は高くなる。そうなると,事態はますます破滅的になってしまうことは自明である。ここではこの3つの要因にとどめて考えていくことにしたい。
 例えば,「汎アメリカ(パックスアメリカーナ)」時代のような単中心的国際社会から,多中心型国際社会(MCGE)のグローバリゼーションへと進展すると,覇権国家は存在しなくなり,政治的にも経済的にもフラットな世界になることが想定される(注42)。他方,情報通信技術とネットワークが進化すると,まったく産業構造の異なる新たな産業社会が到来するはずである。例えば,第1次産業革命が18世紀の産業構造を根本から変化させたことで,社会構造も根本的に変化した。第4次産業革命も大きな構造変化をもたらすことは想像に難くない。そうした中で「働き方改革」はおろか,「働かなくてもよい社会」が待っているかもしれない。あるいは,「自然災害やパンデミックの脅威」に晒された結果のニュー・ノーマル(新しい日常)は,在宅勤務やリモート・オフィス,ワーケーションなど,常に仕事とともに過ごさなければならないような日常かもしれない。
 先のことはよくわからないので無責任にいうことになるが,これらの3つの要因にも,個々の要因がもたらす変化であれば,それに応じた処方箋を提供することはそれほど難しくないかもしれない。平成不況の時代に日本企業や日本経済が立ち直れなかった原因は,そこにあったと確信している。全てが,対処療法であったのだ(注43)。しかしながら,何かが変わると,そこに「関連している」,時として「関連していない」別の部分も変わってしまうことにまで配慮することができなかったのである。変化をもたらすエネルギーが複数の束になると,予測不能な状況を創出することに気づかなかったことに根本原因があった。
 「グローバリゼーションの進展」と「情報通信技術とネットワークの進化」は,極めてうまく共振(シンクロナイズ)しながら,ある時点までわれわれ人類に便益を与えてきた。グローバリゼーションと情報化の「共進化」の賜物である。そこにもう一つの要因である「自然災害やパンデミックの脅威」が共進化した束に干渉したため,三重の収束が創出する変化エネルギーによって予想外の方向に社会を変化させ,それまでの日常や常識とは異なる「新しい日常」が必要となったのである。
 こうした事象を企業人的な視点からみたとき,一つだけ確かなことが言える。社会構造が変化する時には,大概,企業や社会,個人にとってチャンスが生まれるということである。例えば,企業や起業家は経営環境の変化に対応して,どのようなビジネスモデルを構築し,収益を上げることができるかを考えるはずである。つまり,企業が社会変化に対応するとき,最初に取り組むことはいかなる事業を展開するのか,どのような製品を市場に展開するのかということであり,それが常套手段だと信じてきたはずである。しかし,今次のようなパンデミックでは,ビジネスモデルを再構築するにはあまりにも時間がなく,ビジネスで最初に取り組むべき,ビジネスモデルの革新といった手法を講じることもできない。そこで,変化に迅速に対応するために苦肉の策としてマネジメントデザインに手を付けることによって,環境変化への対応を実現しようとしたのである。つまり,新しい日常の中にあってはビジネスモデルを変えるというプロセスを経ることなく,マネジメントモデルを革新することによってコーポレートデザイン(企業の全体構造)の再設計が実現されるということである。いうまでもなく,ビジネスデザインとマネジメントデザインがマッチしていることは不可欠であるが,マネジメントデザインの革新が,どのような仕組み仕掛けによって,新しいビジネスモデルを創造・進化させるのかの解明は今後の課題である(注44)。
 ともあれ,新しい日常生活は,われわれにどういった便益を与えてくれるのか。そこでは,企業に,どのようなビジネスモデルを機能させ,それにはどんなマネジメントモデルやガバナンスモデルが求められるのか。そして,企業は,どのようなコーポレートデザインを設計していくべきなのか。今のところ,解答は不知である。しかし,指数関数的社会変化の中で,企業も個人も存続していくことは容易ではないかもしれないが,その反面,そこには多くのチャンスの芽があり,そこで得られる報酬対価は遥かに大きなものになるはずである。
 ニュー・ノーマル前夜には,若者がそれを手に入れる情景がみえていたのだが。

注釈

41) この仮説は,生物学的アナロジーに従った場合である。

42) そのプロセスで日米欧中露の5極態勢を経ることになるかもしれない。

43) 自虐的に言うと,所詮,経営学者の提示するアイデアの多くはこれに近いのかもしれない。経営者が経営学者になった事例はあるが,経営学者が事業で成功を納めた事例を見たことがない。

44) 岩﨑尚人,『コーポレートデザインの再設計』,白桃書房,2012年に詳しいので参照。

参考文献

・安宅和人,『シン・ニホンAI×データ時代における日本の再生と人材育成』(News Picksパブリッシング),株式会社ニューズピックス,Kindle版,2019年
・Friedman Thomas L., “The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century Further Updated and Expanded Edition”, Farrar, Straus and Giroux, 2005 (邦訳『フラット化する世界〔増補改訂版〕(上)(下)』,伏見威蕃(翻訳),日本経済新聞出版社,2008年)
・Hamel Gery & Praharad C.K., “Competing for the Future” (邦訳『コアコンピタンス経営』,一条和生(翻訳),日本経済新聞出版,1995年)
・Hammar Michel & Champy James, “Reengineering Corporation” (邦訳『リエンジニアリング革命』,野中郁次郎(翻訳),日本経済新聞出版,1993年)
・岩﨑尚人,『コーポレートデザインの再設計』,白桃書房,2012年
・株式会社ベイカレント・コンサルティング,『3ステップで実現するデジタルトランスフォーメーションの実際』,日経BP社,2017年
・此本臣吾,森健,日戸浩之,『デジタル資本主義』,東洋経済新報社,2018年
・夏野剛,『iPhone vs.アンドロイド日本最後の勝機を見逃すな!』,アスキー新書,2011年
・野口悠紀雄,『「産業革命以前」の未来へビジネスモデルの大転換が始まる』,NHK出版新書,NHK出版Kindle版,2020年
・尾原和啓,『ITビジネスの原理』,NHK出版,2014年
・坂村健,『ユビキタスとは何か─情報・技術・人間』,岩波書店,2007年
・齋藤和紀,『シンギュラリティ・ビジネスAI時代に勝ち残る企業と人の条件』,幻冬舎新書,2017年
・Thomas J. Peters & Robert H. Waterman, “In search of Excellence” (邦訳『エクセレント・カンパニー』,大前研一(翻訳),英治出版,1982年)
・都留信行,岩﨑尚人,『「ネオ・ニューエコノミー時代」の企業の戦略行動』,成城大学経済研究所研究報告No.87,2020年
・梅田望夫,『ウェブ進化論─本当の変化はこれから始まる』,ちくま新書,2006年
・Yuval Noah Harari, “HOMODEUS: A Brief History of Tomorrow”, RAMDOMHOUSE, 2015 (邦訳『ホモ・デウス(上)(下)─テクノロジーとサイエンスの未来』,柴田裕之(翻訳),河出書房新書,2018年)
・Yuval Noah Harari, 21 Lessons for the 21st Century, RANDOMHOUSE, 2018 (邦訳『シンギュラリティは近い』,NHK出版,2016年)


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