見出し画像

ランドマーク(19)

 だが残念なことに、外側にも壁は存在した。宇宙開発は軍事力の見本市となり、万国博覧会となる。冷戦時代に二つの超大国がこぞってロケットを建造しはじめたのと、ちょうどおなじ具合に。ただ一つ異なるのは、宇宙へ行く手段がみな同じであるということ。だからこそ、見本市の目玉は「宇宙へどうやって行くか」ではなく、「宇宙で何をするか」だった。
 そこでわたしに課せられてしまった使命、つまり国力を誇示するためにこの国が選んだ手段は、火星の土を生身の人間に踏ませることだった。生身。宇宙服なし。馬鹿げてる。

「お母さんは、いいの」

 母は伏し目がちにこちらを見ている。親としての責務を果たすより先に、己が科学者であることを自覚してしまったような、哀しげな目だと、そう思った。本当のところ母が何を考えていたのかは、今でもわからない。

「考えさせてよ」わたしはそう言ったが、おそらく自分が首を横に振ることはないだろうとわかっていた。

 癪だった。悩んで悩んであなたのことをこれでもかというほど慮って、そのうえで提案が受け入れられないのならそれでもかまわない。そんなのは対等でもなんでもない。わたしには何らかの返済義務があるらしい。育てた恩義? そもそもわたしは生まれたくて生まれたわけじゃない。親のエゴで生まれてきたんだ。みんなそう。みんなそうなのに、どうして。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?