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いつかの、(此方)
七章
こんな世界にも雨は降る。誰の身体も等しく濡らし、地球へ吸い込まれる。わたしは自転車通学を止めた。バスは人で溢れるし、合羽を教室で乾かすのもなんだか嫌だ。それなら傘を差そう。顔を隠して歩けるだけで、世界はわたしにとって幾分か心地のいいものになる。わたしが口笛を吹いても、雨音がかき消してくれる。だから、わたしは雨が好きだった。
屋上へ向かう頻度はめっきり減ってしまった。昼食をどこで食べれば良いのか。そうしてわたしは屋上へ続く扉の前に体育座りをして、雨が止むのを待ちながら、雨音を聞きながら、弁当を口に運んだ。しばしば上履きのまま雨の屋上へ出て、街を見渡した。傘も差さず、濡れようと思った。後先を考えずに生きることのメタファー。笑っちゃうよな。
そういえば、あの山、山開き終わったんだっけ。瑞々しい山々。ちょうど雨雲のかかる位置で。山頂は雲の中。きっと大雨だろう。風向きを読む。北西。あの雲は、わたしの頭上を通っていったものかもしれないな。誰にも等しく雨を降らせる。わたしの感情はいまだ起伏に乏しく、地面に張り付くのがお似合いだ。だから、代わりに泣いてくれますか。静かな不安を胸に抱えた、わたしの代わりに。
雲に覆われた空は鈍色で、まるであの絵の中の。
わたしは携帯電話をポケットから取り出した。ボタン一つで電話がかかる。五秒。十秒。十五秒。刻一刻とわたしの身体は温度を奪われていく。
「やあ」
「山に登りませんか、わたしと」
その週末、わたしたちは駅前に集まった。大きなザックと、街には似合わないマウンテンシューズ。梛さんはすぐに見つかった。服装より先に、空気がそう、教えてくれた。
わたしは口を開かない。大分離れたところにいる。会話とか、コミュニケーションとか、そういうことと。気分の問題だ。梛さんは特段何の素振りも見せず、わたしに続く。乗り合いバスの停留所。乗客は少ない。当たり前だ。だって今日は、雨なんだから。
天気によって危険性が大きく変化する登山において、雨の日を選ぶ、というのは死にに行くようなものだ。少し大袈裟な表現かもしれないが、雨が降ると分かっていて登るような馬鹿は滅多にいない。
ここに馬鹿が二人。死にたがりの、馬鹿が二人。登山届に何と書けばいいんだ。
(続く)
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