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ランドマーク(20)

「具合はよさそうね」

 MRIから取り出されたわたしを待ち構えるようにして母が立っていた。わたしはどうやら眠っていたらしい。夢の記憶、記憶の夢。じゃあ今のも半分くらいフィクションかな。

「あと三十パーセントだよね」
「そう」
「手術は何回?」
「もう勝手が分かってきたところだし、二回かな」
「じゃあ、まだまだだね」
「そうかな」
「だってまた外に出られなくなるんでしょ」
「ちゃんと順応できてるか、観察しないといけないし」
「もうあの部屋、飽きちゃった」
「ごめんね」

 謝罪の言葉を口にする母からは、あの夜のような葛藤を微塵も感じない。どこかで心変わりがあったのかもしれないが、母の苦悩はわたしには理解できない。わたしの苦悩が母に分からないのとおなじ。どれだけ近しい人間であっても、互いを理解し合うのは不可能。そう割り切ることで、空虚な気持ちはいくらかやわらいだ。考えても仕方のないことは、考えない。

 わたしが宇宙へ、火星へこの国を代表して向かうと発表されてから、大規模な論争が巻き起こった。まだ十代半ばの子どもを一人で宇宙へ放り出すのか。しかも体液を入れ替えて、人間であることをやめさせてまで。一連の計画を推し進めているのが母親であると明らかになると、論議はさらに爆発的なものとなり、またたく間に全土へと広まった。

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