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ランドマーク(8)

二十一世紀なかばの世界は停滞している。それは予測にすぎないが、この国がそうなのだから、世界もおそらくそうなのだろう。

「いやでもな、動機があるんなら、がんばれるだろ」

 教師が生徒にかけることばだって、この半世紀でちっとも変わっちゃいない。

「先生はどうして教師になろうと思ったんですか」

 単純な興味からの質問だった。べつにたいした意味があって聞いたわけじゃない。ただ、わたし自身の話をするのはもううんざり、それだけのこと。

「ぼくもさ、実は塔なんだよ」

 はるか昔に人間はバベルの塔を作り、神の居場所までたどり着こうとした。半世紀前にも、同じことがあった。
 塔というのは宇宙と地球を結ぶエレベータのことだ。長大なケーブルを地表からLEOまで伸ばし、カウンターウエイトによって軌道上に基地を固定する。その発明は、アポロによる月面着陸以降急速な進歩を果たすことのできなかった宇宙開発において、驚異的なブレイクスルーとなった。

「それで大学では材料力学を専攻してさ。あのころは夢があったなあ」
「先生、それってわたしの質問の答えになってません」
「確かにな」

 小野里先生はふっと表情を緩めた。わたしはこれ以上冷風を浴びたくなくて、先生の右側にまわりこんだ。

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