ランドマーク（23）

　わたしは絵を描いている。幸いなことに今日も晴れだった。梅雨は年々短くなって、今年は半月もないらしい。わたしが生まれたころは一月も続いたなんて、信じられない。天気に背中を押されなくたって、わたしはうだつの上がらない日々を送っている。起きて、目玉焼きと米粉パンを焼いて、牛乳を二杯飲んで、自転車に乗る。学校に着いたら、屋上に向かって、絵を描く。先生が来そうになったらトイレに逃げて、頃合いを見計らってまた屋上に戻る。これがパターンＡ。パターンＢは、先生に見つかった場合。教室に連れ戻されて、何食わぬ顔で授業に加わる。残念なことに、今日はこっちのパターンだった。いたちごっこへの敗北。ループからの脱却。それすなわち、日常への堕落。くそ。

　ＡＲグラスを掛けて、右のテンプルについたスイッチを押す。先生がペンで書き付けたらしい文章の傍らに、コメントのマークがいくつも表示されている。わたしがそれに視線を合わせると、

　ひらがなのおかげで柔らかい印象を受けます。
　単調に聞こえた
　実際に空を見上げたときに使えるのは面白いですね
　昔の人間は今の人たちよりも想像力があったんだと思いました
　星を見るまえに寝そうです

　ああ、国語の授業か。軽く伸びをしながらおもむろに鞄を開く。タブレットを取り出して、グラスとの同期を待った。