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ランドマーク(13)

 試験の日が来た。わたしは受験者ではなく、被験者とよばれる。カーテン越しのやわらかな朝日にまどろんでいると、母がやってきた。

「おはよう」
「おはよう」
「よく寝た?」
「ん」嘘だ。

 前の日、というか正確には今日なんだけど、わたしは眠れなかった。来たるべき試験に緊張しているだとか、何かが大きく変わってしまうことを恐れているだとか、そういうわけではなかった。わたしは自分から変わる必要なんてない。やわらかなベッドにからだを委ねて、まぶたを下ろして、それだけでいい。

 それなのに。どうして夜はわたしに、安寧を与えてくれないのだろう。何かに追われる夢。ゾンビだったこともある。別の日はナイフを持った殺人鬼だった。夢の中でわたしは不自由で、水の中にいるみたいに、からだはゆっくりとしか動かない。思考だけが冴え渡っていく。動かない。動いて。捕まる。逃げられない。また別の日、後ろを振り向くと、そこには母の顔があった。ぐるり。浮遊感。途切れる。

 べったりと肌に張り付いた服の感触。いやな感じ。毎日毎日、わたしは追われている。わたしは逃げる。逃げるのは、追われているからだ。また眠りについても、他の誰かがわたしを追ってくる。恐ろしくはなかった。わたしはただ、さびしかった。

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