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ランドマーク(2)

 再び目を覚ますと、そこに闇の気配はなかった。朝にしてはやけに明るい。部屋全体が白色で覆われているからだと気付くまでに、たいして時間はかからなかった。ベッドリネン、レースのカーテン、リノリウム、ナースコール。黒々とした夜を塗りつぶすために、太陽は莫大な労力を割いたようだ。

 ベッドを囲むカーテンを開くため、わたしはリノリウムの上へ足を下ろした。裸の足裏にぼんやりとした温度が伝わる。日は高いはずだが、そのことを確認するための手段は見当たらない。わたしのベッドには、「呼び出し」と書かれたボタンを除けば何もなかった。
 カーテンに手を掛けたとき、わたしは初めて自分の腕というものを自覚した。カーテンを透過した光にさらされたそれは、ボルドーワインのボトルよりも二回りほど細く見える。虚弱の印であるはずの青白さは、周囲の無機的な白さとは反対に、生々しい律動をわたしに実感させた。

 白と黒と、それ以外。わたしという存在は、ここでは少数派に属する。太陽が昇っているあいだは、白が支配する。沈んだ後は、黒が。はだいろ(はだいろって何色だ?)のわたしは、混じり気のない色に気後れしてしまう。なんとなく物悲しくなり、そのままカーテンを開く。レールと金具の擦れる音を聞き終えると、目の前には機械があった。機械としか形容することのできない、何らかの機器の集合体。音を発することはなく、動いているのかどうかすら分からなかった。しばらくの間、わたしはそれをぼんやりとながめていた。

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