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ランドマーク(11)

 だから、あの山にはいまも、〈塔〉の跡が残っている。もっとも効率的に人的物資を宇宙へ届けるためのやり方。なるべく大気の少ない場所を起点とすることで、エレベータの加速に必要なエネルギーを最小化する。当然〈塔〉までは、ヘリコプターで向かわなければいけないわけだけど、三千メートルにも標高が満たないあの山なら、高山病を発症する恐れもない。活火山であることが大きな懸念点となったが、最後の噴火が紀元前まで遡ることと、エレベータの運用期間がひとまず半世紀を目処とされたことで計画は実現した。

「表通郵便局経由・中央病院行き」

 わたしは雨天用のARグラス越しにそれを凝視する。レンズが青緑色に光り、乗車記録に成功したことをわたしに伝えた。バスの自動ステップを登ると、何やら視線を感じる。別の高校の生徒、杖をグラスにリンクさせた高齢者(おそらく通院だろう)、イヤホンを付けたサラリーマン。しまいには運転手までもがこちらを見ているような錯覚に襲われた。飽和する自意識に、それだけで頭がくらくらする。バスの揺れもあいまって、初めて戦闘機に乗ったパイロットみたいだ。鈍いエンジンの音が耳障りで、でもきっと鼓膜を破いたって止むことはない。この振動は、内側からやってきている。視線はわたしではなくずぶぬれの合羽に集まっているのだ、と気付いてからもなお、振動は続いた。

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