ランドマーク(14)
タコの血は青いらしい。人間の血は赤いらしい。わたしの血は、何色になるんだろう。
「そのまま、深呼吸を続けてください」
看護師の声が右側から聞こえた。わたしは天井を見つめている。
「そこで止めて、十秒我慢しましょう」
こんなこと、昔にあったな。父と湯船に浸かって、ひゃく、かぞえたっけ。もうわたしはひとりでお風呂に入れる。当たり前だけど、それだけのことが、少しだけ、空しい。顔を湯船に沈めて、何秒間、潜れるか。いち、に、さん、し。
「はい、じゃあまた吸ってくださいね」
わたしのためだけの健康診断。わたしをこの地球から、あの空の上へと、送り届けるための。
わたしはわたしでなくなるらしい、と聞いたのは、高校の入学を控えた去年の三月だった。その夜、母は手巻き寿司を用意した。
「スプーン、取って」
「はい」海苔の上に酢飯、卵焼き、きゅうり、マグロ。
「ごはん、多くない?」
「育ち盛りなんだし」
「あんまり食べたら、お風呂入れなくなるよ」
「じゃあちょっと時間置いて」かいわれ、カニカマ、卵焼き。
「うーん」きゅうり、ツマ、卵焼き。
「お母さん、話したいことあるからさ」わさび。
「なに」
「ちょっとね」
「・・・・・・お父さんのこと?」しょうゆ。
「それも、ね」
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