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【コラム】音楽ライター・安藤さやかが思う名曲の条件とは

人類史上究極の名曲とは何か。そんな安っぽい問いは何度も繰り返されてきたし、その答えもいろいろあるが、結論から言ってコレの答えは「そんなもん人による」の一言なのである。

アナタが好きな曲は私の嫌いな曲。私の好きな曲はアナタの嫌いな曲。私の“好き”は誰かの地雷。この言葉を心の真ん中に置いて生きていこう。

……しかしそんなことを言っているとコラムが5行で終わってしまうので、今回は年始特集として「音楽ライター・安藤さやかが思う名曲の条件」というテーマで話を進めて行きたいとおもう。なんか書いててこっ恥ずかしいなコレ。しかも年始とか言いつつ1月も終わりだぞコレ。

私は高校の頃、友人から「安藤はテンポがそこそこ快速で教会旋法を使ってる、海とか星がテーマの耽美系の曲が好きでしょ」と指摘されたことがある。まったく図星である。
そのテーマをもとに友人が選んだ曲(タイトル失念。ボカロ曲)を聞いて「途中のドラムが無ければなあ」と言ったら、「言うと思ったよ」とニヤリとされた。なんか思い出したらめちゃくちゃ悔しいので、現在音信不通のAくんは早急に連絡をください。

Aくんの話はさておき、人には好きな曲の系統というものがある。つまり、名曲と呼ばれる曲にはたくさんの人のツボにハマる何かの共通点があるはずである。

なので今回、古今東西の(私が思う)名曲を探ってみたところ、幾つかの共通点があることに気付いた。

まず見つけたのは、「歌詞の中あるいはタイトルに誰かの名前が含まれている」こと。
言わずと知れた名曲「Let It Be」には聖母マリアが登場し、「Hey Jude」はそのまんま。考えてみりゃ「Bohemian Rhapsody」にもガリレオだのフィガロだの出てくるし、邦楽にも「いとしのエリー」「順子」「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」などなど時代を超えるド名曲がいっぱいある。港のヨーコは音楽史の授業で聞いた世代。インパクト凄くて授業後みんな口ずさんでた。 

人名が入る曲のステキなところは、会ったこともない“そのひと”の姿や風景が目に浮かび、曲がまるで隣に立っているように感じるところだ。「Baba o'riley」の“Sally take my hand(サリー、この手を取れ)”という所なんか、荒野に朝焼けの眩い光が広がり、夜明けの風が身体を突き抜けるような感覚がある。

珍しめの固有名詞や表現が入る曲もイイ。「さよなら人類」の面白さは“木星についたよ”と“ピテカントロプス”に詰まっていると思う。名盤と名高いクイーンの2nd AL『クイーンII』なんて固有名詞と珍表現の嵐だ。“パイに刺青する”って何さ。

SOUL’d OUTの「ルル・ベル」は、人名・固有名詞・珍表現の三拍子がそろっている曲だと思う。まずこの曲はSOUL’d OUTの超BADな自己紹介から始まり、ルル・ベルという謎めいた女性の姿に迫っていく歌詞。途中で散りばめられる“別注No.5”や“GUCCI”“LV(Louis Vuitton)”といった固有名詞。“底意地のワルい”“ワッカかけては”“トっぽい”といった珍しい言語表現が、小悪魔系女子の姿を生々しく、肉感的に描き出している。
個人的に好きなのは「ついて来いよGirl やっぱ来んなLady」のDiggy必殺速攻手のひら返し。1行の前半で手招きして、同じ行の後半で追っ払う。

そんでもって「ルル・ベル」はテーマが“魔性の援交女子”なので、ちょっとえっちで大変よろしい。ちょっとえっちな曲は好きだ。アニメ『ユリ熊嵐』のOPテーマ「あの森で待ってる」の喘いでるみたいな歌い方、めちゃくちゃえっちですっごい好き。
そういうお茶の間が気まずくなるようなものじゃなくても、ポルノグラフィティの「まほろば○△」くらいのバランス感は気持ちいいし、ウォレントの「Cherry pie」くらい堂々としたセックスソングは逆に好感度が高くなる。ところで「Cherry pie」のMVなんだけど、冒頭のシーンでいつも「乳首を中心に回転してる……」という余計な考えが浮かぶのは私だけだろうか。

否定形が入る曲=名曲の法則もある。中学生の頃にクラス合唱で歌った合唱曲「海神(組曲『ティオの夜の旅』より)」は、1番と2番の切り替わりに“しかし”という歌詞が印象的に使われていた。コレがめちゃくちゃカッコ良くて、大のお気に入りだったのだ。
そういえばこの曲も組曲全体としては“ティオ”“フェアリ・メイ”って人名が出てくるなあ。同じ作曲者・木下牧子が作っていた合唱の名曲「はじまり」にも“でもしかし だがしかし”って否定形が使われてたっけ。あれは確かに名曲だ。

カメラワークがバチバチに切り替わって情景が瞼に浮かぶ曲は凄い。真黒毛ぼっくすはこの点にかけて天才的であり、どの曲も映像作品のようだ。表現はどれも簡素なのに、“若き父と母に抱かれ歩く三軒茶屋の坂”“船の錆びた手すりにもたれ/古いブルース口ずさむ”“夢中でボールを追いかけた/夢中でグローブを伸ばした/目もくらむような青い空/レフトフライが飛んでくる”などは堪らない。歌詞が完全に映像として浮かぶし、アーティストの記憶と同じ風景を共有しているような気がしてくる。

ひとりの人物を歌い上げ、呼びかける曲も好きだ。スターダスト☆レビューの「木蘭の涙」はド級の名曲だが、何が良いって根本要の“演技力”だろうと思う。泣かせる演技ではなく、恋する演技だからこその説得力。空へ旅立った“あなた”を想いさめざめと泣くよりも、今でも“あなた”が大好きなことが伝わってくる。

そういえば、女王蜂の「火の鳥」はけっこうこのあたりの定義に当てはまる曲である。ひとりの人物を歌い上げる曲だし、だいぶえっちだし、カメラワークが切り替わるし、歌い出しの“朝焼けのネオンの街/気だるそうにかかと鳴らす”って歌詞のビビッドさは、汚い裏路地の換気扇の臭いまで浮かんでくるようだ。この曲、“危ない火遊びを/お慎みあそばせ”みたいな上品な言葉遣いが淫靡でいいよね。

敬語や丁寧語が入る曲は単純に好きだ。これは日本語の詞を読んでいるからこその楽しみな部分もあるのだが、クイーンの隠れた名曲「March Of The Black Queen」の邦訳などに敬語が混ざるヤツはすっごい好き。

邦楽で丁寧語調というと、若い世代には演歌・歌謡曲のイメージがあるけど、演歌だとしても、石川さゆりの「天城越え」にある“あなたを殺していいですか”なんかは全く時代を感じない。っていうかこの曲、ただ断片的な情景と情念だけを歌っているので、マジ大暴論だが構造としてはJITTERIN'JINNの「プレゼント」と近く、時代を感じる要素がひとつも無い。元々この曲は「歌いこむほどに色気が出るよう」みたいに作曲されてるから、歌詞も狙って時代感が無いよう作られてると思う。

演奏という面では、珍しい楽器構成だったり、“普通”と違うビートを刻んでいたりすると最高だ。たまの「金魚鉢」を聞いた時はマジで天才だと思った。このバンド、アレンジが最強すぎる。ベースが低音楽器じゃなくて「低い音の弦楽器」として扱われて遊びまくり、ヴォーカルとベースの絡みにパーカッションが飾りを入れる場面なんて絵画的である。

パスカルズの演奏は、いつも意外な組み合わせを私たちに教えてくれる。ギターと鍵盤ハーモニカの組み合わせはもはや生ハムメロンみたいなもんだが、「マボロシ」でエレキギター×リコーダーの組み合わせに脳天をガツンとやられた。なんだあの冬の湖みたいな透明感。バンジョーの音を“添える”アレンジも音の輪郭が全く変わるし、トイピアノの音はバンドサウンドを突き抜けてくる。簡単な食材で創作フレンチのフルコースを味わっているような気分だ。

メロディでは、普通の西洋音階(ドレミファソラシド)じゃなくて、教会旋法だったり五音音階だったり民謡・童謡調だったりすると私が嬉しい。たまの音楽は「NEOアングラ童謡」だと思ってる。簡素な音階に、言われなければ気付かないくらいのさりげない工夫と個性が光り、どことなく薄暗い。特に知久寿焼の作曲したナンバーは、耳触りが単純だと思って楽譜に書き出すと「ん?これは?」なポイントが出てきたりして楽しい。

さて、ここまで様々な曲を例にあげ「名曲の条件」を考察してきたわけだが、それでは究極の1曲とはなんだろう。けっこういろんな条件があるから、いくら自分の好きな曲から条件を抽出していたとしても、複数条件を横断する曲は限られてくる。

全部挙げてみるとどうだろう。
歌詞の中あるいはタイトルに名前が含まれ、珍しめの固有名詞や表現が入り、ちょっとえっちで、否定形が入り、情景が瞼に浮かび、ひとりの人物を歌い上げて呼びかける曲で、敬語や丁寧語が入り、珍しい楽器構成で、“普通”と違う拍子であり、教会旋法あるいは民謡・童謡調な曲。
これら全ての条件を満たしてる曲なんてあるんだろうか。無いでしょ。

……いや、あった。1曲だけあった。iPhoneで音楽を聴いているうちに、1曲見つけてしまった。


それではお聴きください。



ホルモン鉄道で、「包茎ジョナサン」。


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