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何が成果なのか

はじめに

Yahooニュースに立憲民主党の枝野さんが菅首相を退陣に追い込んだのは成果だとインタビューで答えていました。野党は与党と対立し政権を狙い、政治をよくする働きがありますが、残念ながら、今の立憲民主党にはその能力はありません。今回はこのインタビュー内容がいかに問題であるかについて書いていきます。


退陣が成果(笑)

野党として、与党を政権の座を奪取することは一つの目標です。政権交代が定期的に起こることで政治がいい方向に向かっています。そのためにも野党は非常に重要なポジションにいなければなりません。しかし、立憲民主党には政権を取る気はあるようですが、政権運営を行える能力はなく、単に批判することしかできていません。しかも、その批判が的を射るものでもなければ、どうでもいいようなことをあたかも一大事であるかのように取り上げている様を見ていて嫌気がさします。批判は誰でもできますが、それに対する対案を用意することが真の野党に求められることだと思います。それができていないので、こういうことになっているのだと思いますが。

彼らは与党の揚げ足を取っているので、本来、野党としてやるべきことをせずに鬼の首を取ったような態度を取っています。やるべきことをやって、退陣に追い込んで、成果と言うのであれば、何も問題はありませんし、野党としての本来の姿だと言えます。次期政権を担うだけの底力があり、現与党の脅威になると政治も良くなっていくのが、本来の与野党の構図です。しかし、彼らのやっていることは嫌な人に対いて、嫌がらせをし、そこからいじめに発展して、不登校や自殺に追い込んだことを成果と言っているに等しいです。そんな悪趣味な人が代表を務めてる政党が野党第一党です。与党の自民党が素晴らしいかと言うと、そうとは言い難いですが、立憲民主党のような悪趣味さはありませんし、現実的な政策をしてくれそうという感じはします。まともな野党である国民民主党は、このような状態でそれを成果とは言わないと思います。明らかに常軌を逸した神経をしていると思います。

普段、立憲民主党は何事も人権問題にすり替えますが、自らの発言にはいかなる人権問題も発生しないという姿勢は国民をバカにしていると言えますね。彼らは弱者の見方のようなことをよく言っていますが、この発言からは自らを特権階級であると宣言しているに等しく、弱者の見方ではなく、弱者の敵だと思います。本当の敵は味方のふりをして、荒らすだけ荒らして、その話題が小さくなると別のネタになりそうな話題に食らいつき、同じことを繰り返します。弱者の見方は聞こえはいいですが、本音はそんなことを思っていないと思います。

自らの発言が一番無責任です

菅首相が総裁選に不出馬の意向を示したときに、立憲民主党は「無責任だ」と批判していました。真意は、菅首相から代わると選挙で勝てないと思ったからそのような発言をしたのだと思いますがね。ただ、それを成果だと言っている立憲民主党のその姿勢が一番無責任です。普段、与党に対して、発言に責任を持てと言う割には自分たちの発言には一切責任を持たない姿勢は人として問題があります。野党第一党の党首の責任感のなさが見てうかがえます。野党第一党がこういう姿勢であれば、日本の政治がよくなるのは難しいと思います。

衆院選を見据えて、マニフェストで辺野古移設を取りやめると言っていますが、10年ほど前、民主党が政権を取った時に普天間基地を県外か国外へ移設するとマニフェストに掲げいました。そして、安全保障上の理由から県外移設も国外移設もできず、当初決まっていた辺野古移設を行わざるを得なくなり、現在のゴダゴダに至ります。彼らは10年前から何も反省をしていないのか、単に耳障りのいいことを言って、人を集めようとしているのかはわかりませんが、なんとも無責任な発言と言うか、無責任な政党ですね。ある意味、国民を一番バカにしている政党でもあると言えます。

政治家であれば、自らの発言が大きな影響力を与えるので、一般の人より責任を持たなければなりませんが、その責任感がないのは悲しいことです。社会学者のマックス・ヴェーバーは『職業としての政治家』で政治家に必要な資質は情熱、責任感、判断力と書いていますが、どうやら、彼らには責任感はありませんし、政治に対する情熱はなく、揚げ足を取ることに躍起になっているとしか言いようがありません。政治家としての資質が欠けていると言えます。ちなみに、この本は100年ほど前に書かれた本です。

発言1つで身を滅ぼす世界にいる人がこういった無神経な発言をすることはよろしくないことです。はっきり言って、害悪としか、言いようがありません。彼らがまともな理論でまともなことを言っていれば、こんなことを書くことはありません。見ていて呆れてしまうレベルだからです。これはメディアの報道も同様で目に余るものがあります。一社会人として自らの発言に責任を持つことは当然のことで、それができないような人は政治家どころか社会人失格だと思います。

以前、政治について書いたのでこちらも読んでいただけると嬉しいです。


最後に

よく、自民党が圧勝すると「民主主義の崩壊」と仰々しい言葉を使いますが、どこかの政党が圧勝したから民主主義が崩壊するのではなく、何も考えずに投票をし、その結果、どこかの政党が圧勝して民主主義が崩壊するです。そのプロセスを省いて、反権力と呼ばれる人たちは不安を煽ります。こういった言説は歴史的に独裁者と呼ばれた人たちがよく使っていたとされる方法です。気を付けましょう。

政治をよくするには与党が強くなるのではなく、野党が政権を担えるだけの能力を持ち合わせている政党、つまり現実的な政策を掲げ、実行してくれる政党です。それができない政党は野党として政権を担うことは難しいと思います。民主党が政権交代時に掲げたマニフェストはほとんど実行できない者でした。ここから我々は耳障りの良さだけでなく、実現可能性も野党の評価とする必要があります。今の政治に必要なのは自民党と対等に戦える野党の存在です。その政党が現れない限り、難しいですし、揚げ足を取るだけの政党はもってのほかです。

政治家は国民のレベルを映し出す鏡と言われています。そのため、立憲民主党を批判するだけの政党にしてしまったのは、我々の責任でもあります。我々の意識を変えなければ、政治を変えることはできません。「政治家は自分のことしか考えていない」と言う人がいますが、実はこれは非常に無責任な考えで、自らが政治家を選んでいると意識がなく、批判している自分に酔いしれているだけです。確かに当選してから違法なことをしていたことが発覚したケースもあります。それに憤りを覚えるのは当然ですが、選んでいるのは我々、国民です。つまり、政治家個人だけではなく、我々にも責任はあります。我々が主権者であるという意識をしっかり持って、政治家選びを行うと政治家の質も良くなり、政治も良くなると思います。

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