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立派な人、迷惑な人

はじめに

新社会人のみなさん、これから様々なことが待っていると思います。朝早く起きて、仕事に向かったり、家で仕事をしたりすることになるでしょう。朝夕の電車に乗っていると、たいていスーツ姿の人を見かけると思います。朝から人の多い電車に乗って、会社に行くのは面倒です。在宅勤務にならんかねと電車に乗りながらそう思っているサラリーマンは少なくないはずです。朝のラッシュ時にたまに乗客同士のトラブルがあり、電車が遅れることがあります。コロナ前までは朝まで飲んでいた酔っ払いと仕事に向かうサラリーマンのトラブルというのはありましたが、最近のトラブルはサラリーマン同士のトラブルが多いです。そして、僕の見る限りでは血の気の多い若者ではなく、40-50代のおじさんが多いです。その世代もピンキリですが、おじさんがトラブルメーカーになっているケースは珍しくありません。どうして、トラブルメーカーなおじさんができていくのを書いていきたいと思います。


おじさんとおっさん

おじさんと聞くと、中年男性全体を指しますが、おっさんと聞くと厄介なイメージが付きまとうはずです。おじさんとおっさんの違いはまともか厄介かの違いです。どうして、おっさんとなり、厄介な存在になるのでしょうか?40-50代になると、家庭でも会社でもある程度、大きな責任を負うことになります。両方の環境で抑圧して怒りの矛先を他人へぶつけると思われるかもしれません。確かにそれも一理ありますが、本当のおっさんはもっと悲惨です。本当のおっさんは家庭でも会社でも相手にされないだけでなく、自分が認められないのは環境のせいであったり、他人のせいにしたりします。そして、自らの存在を他者に認めてもらおうと偉そうに振舞います。そして、また人は離れ、おっさん化が加速します。そのなれの果てがキレる老人です。

おっさんと呼ばれる人たちはこれまでの人生で人と関わることがなかったか、人を大切にしなったかに分かれると思います。人と関わることがなかったというのは単に引っ込み思案というのではなく、自己中心的な人で、人を大切にしない人は周りを侮蔑するような人です。そういった人の周りに人は集まりませんし、自然と去っていきます。人の目を引こうと自分は偉いんだということを喚き散らしますが、そういった行動をしている時点で人として及第点をたたき出しているので、偉いはずがありません。自分で偉いと思っている時点で虚しい話です。偉いかどうかは周りが決めることであって、自分だけで決めるようなことではありません。そういったことをしているから周りから人がいなくなるのです。

おっさんは誰にも認めてもらえない悲しい存在ではなく、誰からも相手にされず、本人は自分の価値を誰も認めてくれていないと勘違いしている虚しい存在です。そういった認識を持って彼らは生きています。そういう厄介な人に共通するのは被害者意識です。この被害者意識に訴えかけるような言葉が好きですし、自分は救われるべき存在だと思っています。いい年した人がとは思ってしまいます。おっさんは社会という敵と戦っているヒーローと思っているのかもしれませんが、傍から見れば、見るに堪えない存在です。

おじさんがおっさんになることはありますが、普通のおじさんになるかおっさんになるかは20-30代の行動で決まっていると思います。40-50代で人格者と呼ばれる人も言われれば、他人に当たり散らすようなろくでもない人もいます。これは間違いなく若い頃の積み重ねです。角度の1度はA4サイズではそこまで大きなずれではなく、誤差の範囲で収まりますが、これが重機レベルになると大きなずれになり、設計を一からやり直す羽目になります。これが地球規模になるとたった1度ずれるだけで約100kmのズレとなります。誤差程度のズレと高を括っているとその差はどんどん大きくなっていきます。気づいたころにはもう引き返すことはできません。

これまで歩んできた結果、まともなおじさんと厄介なおっさんになってしまいます。中高年のそういったことが目立つのはその差がはっきりとわかるようになるからです。若いうちですでに差が生まれてはいますが、そこまで大きな差としては現れないので、そこまで気になることがなく、若いからという言葉で片付けることができてしまいます。まともなおじさんになるか、厄介なおっさんになるかは若いうちに決まっている可能性があり、軌道修正をするチャンスを見事に逃している人がやっかいなおっさんとなり、電車で暴れたり、若い店員に横柄な態度を取ったりするようになります。


最後に

中高年の方の大半は立派な方だと思っていますが、時々、そうでない厄介な人を見かけます。そういった人は現実世界だけでなく、ネットの世界にもいます。そういった人は見ず知らずの相手に説教じみたことや脅迫めいたリプなどを平気でします。そういったことの対象になるのが若い有名人です。自分の方が年上だからという理由だけで、相手に何を言ってもいいという倫理観は理解に苦しみます。誰にも相手になれなかった結果がそういう行動に走らせているのでしょう。いい年の大人がそういったことで人の気を引こうとしているのはあまりにも幼稚すぎます。若いうちにある程度、人と関わらなかったり、人を大切にしなかったりするとこういった人になってしまうということを示しているような気がします。僕もそうならないように気を付けないといけません。

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