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せっかくという言葉について

今日は雨だ。それも夕方にはそれはそれはひどくひどく地面を叩きつけるほど空から放たれた。
「バケツをひっくり返したみたいだ」という常套句があるが、あれは間違いだ。バケツをひっくり返すと水は一筋にまとまる。
雨はどんなに土砂降りでも一粒一粒と落ちてくる。大雨といってもそれは大きくまとまった塊となって降ってくるわけではない。
ドラクエに例えるならバケツの水はスライムがいっぱい集まり、キングスライムになる感覚。
土砂降りの雨はスライムがただひたすら集まって個々で攻撃をしてくる感覚。
スライムAの攻撃、スライムBの攻撃・・・ 小ダメージの攻撃だが、なかなかターンが回って来ずイライラした経験があなたにもあるでしょう。
今日の夕方にはそんなスライムが多量に降ってきた。

何の話だっけか。
そう、今日はせっかくについて。

せっかくスライムの話になったけど、せっかくタイトルを「せっかく」にしたから「せっかく」の話にしよう。

「せっかく」という言葉がひどく嫌いだ。それはそれはひどくひどく相手に見返りを求める言葉だからだ。
「せっかくお前のために〜をしたのに」という枕詞の後には「こんな仕打ちをしやがって」という想いが含まれる。
言われる方からすれば余計なお世話なのである。頼んでもいないことをしてきて、こちらが受け入れなければ気分を害する。
挙げ句の果てには「素直じゃない」とまで言われる。
この「素直」という言葉にも引っかかりを覚える。自分がとって欲しい行動をする相手には素直な奴だとし、目論見違いの行動をすれば素直じゃないと言われる。

話は戻るが「せっかく」という言葉。

「せっかくここまで来たのだから」という使い方もよく聞く。足を運んでせっかくここまで来たのだから、さほど欲しくないにも関わらず買ってしまったり。
せっかく長い時間をかけて列に並んだのだから、他の予定に間に合いそうにないけど並び続けるだとか。
心理学でいうサンクコストがこの心理をもたらしているのだろう。

せっかくここまで来ても意に反した結果が目に見えているならば、それは受け入れたくない。
せっかく買ったとしてもそれが不必要だと判断できれば処分をする。

せっかくで纏わりついたそれを引きずって歩くのは人間臭さではあるが、それを善しとするか悪しとするか。
今まで善しとしてきた判断を見直すのもいいではないか。

せっかくという言葉を振り切りたい。
その時々の判断を下す時、公平に基づきプラスかマイナスか。感情の高ぶりにベクトルを預けるような行動をしたいのである。


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