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事件の名づけはどうやってするのか【ニッチ過ぎる法律解説】

今回は民事訴訟事件のネーミングの話です。民事訴訟はどれくらいあるかというと、だいたい年に50万件くらい起きてます。平成30年度司法統計年報によると、地方裁判所で受理した通常訴訟の件数が約14万件、簡易裁判所で受理した件数が約34万件となっています。

これだけありますから、それぞれの事件を他の事件を区別するための「名づけ」が必要です。市民の場合、氏名とか住所とか生年月日とか、あるいはマイナンバーとか基礎年金番号といったものがありますね。民事訴訟事件にもそういうものがあります。

どういうふうになっているかというと、

図6

こんな感じです(裁判所HPの裁判例情報から)。この、「事件番号」「事件名」というのが事件を特定する情報、いわば「事件の名前」になります。上記の事件番号は少し省略されていて、「平成28年(ワ)第965号」というのが正式です。

事件番号の成り立ち

事件番号は、「年号」+「符号」+「番号」で成り立っています。

年号

まず、年号ですが、その事件が受理された年を示します。和暦です。西暦表記をするのは「明らかな誤り」であるとした大阪高裁の裁判例があります。

控訴人が事件番号についても西暦を使用していることは,明らかな誤りである。すなわち,裁判所は,事件の種別毎に,最高裁判所が定めた各「事件記録符号規程」に基づき,毎年1月から12月まで受付順に一連の番号を付し,事件の特定をしている。・・・事件番号は,各裁判所が定めたその事件を表す固有の番号である。(大阪高判平成15年10月10日判例タイムズ1159号158頁)

符号

次に、符号ですが、最高裁の「民事事件記録符号規程」で定められています。規程の本文は「民事事件記録符号は、別表のとおりとする」というだけのシンプルなもので、別表において、裁判所が取り扱う事件の種類に応じて付ける符号が一覧になっています。

Excelで整理してみると、

図2

はい。小さすぎて見えませんね。裁判所で取り扱うものは訴訟以外にもいろいろあって、いろいろな事件類型にそれぞれ符号をつけていった結果、現在、103種類の符号*が設けられています(H28改正後)。中には、船舶油濁損害賠償保障法31条以下の油濁損害賠償責任制限事件のための符号「」といった、このnoteですらニッチすぎて扱えない事件類型も含まれています。

(*)同一符号でも、裁判所が違う場合には別でカウントしています。

本稿の主なテーマである「通常訴訟事件」は、地方裁判所では「(ワ)」、簡易裁判所では「(ハ)」が用いられます。笑ってるみたいで楽しいですね。よく使うので「(ワ)」を単語登録していたら、「話題」と打とうとして「(ワ)第」が出てしまうという「訴訟弁護士あるある」があるとかないとか。

番号

3つ目に番号です。これは簡単です。その年の受付順に、1から順次つけていきます。先ほど見た「平成28年(ワ)第965号」は、その年の965番目に受け付けられた通常訴訟事件、ということになります。

この番号は、裁判所ごとに付けられ、地方裁判所支部でもそれぞれ付けられます。日本には50の地方裁判所と203の地方裁判所支部があります。ですから、「令和2年(ワ)第1号」は全国に253個存在し得るし、おそらく実際に存在します。簡易裁判所は438か所あるので、「令和2年(ハ)第1号」は438個あります。たぶん。

なので、これらを区別するために、裁判所名を入れて、「東京地方裁判所令和xx年(ワ)第xxxxx号」といったようにすれば、その事件を完全に特定することができます。

事件名はいらない?

事件番号で完全に特定できるなら、事件名はいらないのでは?と思う方もいると思います。そうです。事件名はいりません。「事件名をつけないといけない」というルールはどこにも見当たりませんでした。

ただ、東京地裁の訴状記載例には、以下のようにあります(他の裁判所でもおおむね同様の記載があります。)。

訴えを起こす相手方(被告)に求めるものを,事件名として記載してください。【例】損害賠償請求事件,建物明渡等請求事件

これは、民事訴訟規則2条の規定によるものです。

第二条 訴状、準備書面その他の当事者又は代理人が裁判所に提出すべき書面には、次に掲げる事項を記載し、当事者又は代理人が記名押印するものとする。
一 (略)
二 事件の表示
三~五 (略)

ここにあるとおり、訴状には「事件の表示」を記載しないといけません。どの事件に関する書面か、わかるようにしろということです。

先ほど見てきた「事件番号」は、裁判所が付けるものなので、まだ受理されていない訴状を作っている段階では、事件番号がありません。なので、訴状では「事件名」を「事件の表示」として記載するのが習わしとなっているのです。訴状より後の書面には、事件番号を明記します。

この点について、司法研修所編『10訂 民事判決起案の手引』(以下「手引」)では、

訴状については、事件名は必要的記載事項ではないが、請求の趣旨、請求の原因と相まって請求を特定するのに役立ち得るし、また事件を表示するのに便利であるところから、実務ではその記載がされている

と述べられています。

どうやってこの事件名を付けるかというと、手引では、

原告が訴状に記載した事件名を踏襲するのが例である

とされています。

「貸金返還請求事件」とか「損害賠償請求事件」といったネーミングをするのが一般的だと思います。「何を」(貸した金を)、「どうして欲しいか」(返還して欲しい)、を熟語表現で書く感じです。

もっとも、事件の特性にあわせた個性的なネーミングが禁じられているわけではなく、裁判例を見ていると、「憲法53条違憲国家賠償請求事件」といった問題意識を前面に出した事件名もみられます。「国会記者会館屋上取材拒否損害賠償請求事件」なんていう、名前をみれば何が起きたのか大体分かっちゃう、週刊誌の中吊り広告みたいなものも。

逆に、司法修習時代に接した弁護士には、どんな事件でも「民事訴訟事件」と付ける大雑把な(?)人もいました。判例データベースで検索してみると、「民事訴訟事件」、結構ありますね。

ちなみに、手引によると、

(原告が訴状に記載した事件名が)余りに長いときは、「〇〇等請求事件」というように簡略化することもある。
いったん事件名が定まると、その後、訴えの変更などのため、事件の内容が変わり、事件名がこれにそぐわないようになっても、これに応じて事件名を変えるようなことは原則としてない

とされています。

事件名は、絶対に必要なものではないけれど、事件を指すときに便利な道具、として使われている感じです。

私の経験として、「貸した金を返せ」という事件で原告が「金銭返還請求事件」と名付けたものがありました。

私は被告の代理人。原告が付けたとおりに何度か期日を重ねていました。ある日、裁判所に行くと、開廷表の事件名がいつの間にか「貸金返還請求事件」に変更されていました。

裁判所側もずっと気になっていたのでしょうかね。かなりどうでもいいと思いますが、わざわざ変えるくらいですから、こだわる人もいるようです。

事件名であって事件名でないもの

最後に、論評や報道などのために付けられる事件の名前を紹介します。

これは、マスコミがその事件を報道したり学者が判決を論評したりするのにつけられるものです。

分野ごとに大まかな傾向があって、たとえば知的財産分野では「ときめきメモリアルメモリーカード事件」のように、問題となった商品等の名前が使われる傾向があります。

労働分野では「東芝柳町工場事件」といったように、問題となった企業名とか現場の名前が使われることが多い印象です。

刑事分野はいろいろですね。「勘違い騎士道事件」とか「たぬき・むじな事件」とか、論点にフォーカスした名前が多いかな、と感じます。著名事件では、足利事件のように地名のものとか、袴田事件のように人名のものも。

このほか、「宇奈月温泉事件」のようにミステリー感ただようものや、「残念事件」のように何があったのか気になるものもあります。

いずれにせよ、これらは、裁判所の事件管理のためにつけられたものではなく、市民や学習者のためにわかりやすくするためのもの。いわば「あだ名」です。

続編はこちら

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