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猫保護迷走曲(その1)

わたしが契約している駐車場で、子猫が生まれてしまった。

生まれてしまった、というと命とはなんぞやというご意見を頂きそうなのだけれども、命が危険に脅かされていることが常の野良猫の世界と、その猫を救おうと右往左往し続けたこのひと月の騒動を表して、ここでは「生まれてしまった」という表現を使わせてもらう。

生まれてしまった子猫は2匹だったようで、1匹はこの駐車場の近くの路上で悲しい最期を迎えていた。

通勤中にこの現場に通りがかかった夫氏から、子猫を動物愛護センター(いわゆる保健所)に引き取ってもらうようにお願いできないかという連絡を受け、わたしはこの子のための手続きをした。

ロードキルなのか、カラスにやられたのか、大量の鼻血を出している以外はきれいな子猫だった。
なんの関わりもない子猫なのに、救ってあげられなかったことが悲しかった。ダンボール箱に入れて連れていかれる子猫を見送ったあと、わたしは家に帰り、声をあげて泣いた。



そんなことがあってから、たぶんひと月、暑さが厳しくなってきた頃のこと。

わたしの契約している駐車場に、突然ガリガリに痩せな猫の親子が現れた。

この駐車場は、前回の子猫が死んでいた場所から10メートルほど。きっとあの子は、この子猫の兄弟だったんだろう。
お母さん猫もほとんど子猫と言っていいほど小さく、きっとまだ一歳にも満たない姿をしていた。

最初は、親子猫がこの駐車場に住み着いているとはつゆ知らず、可愛いねーなどと他人ごとのように見ていたが、数日、数日と経つうちに
「え、この子たち、ほんまに大丈夫なん…?」と不安な気持ちが溢れてきた。

そこから数日経った暑くて焼けるような日、駐車場の車の下に親子猫が耐えるように横になっていた。
そんな辛そうな様子を見てしまい、わたしは耐えきれなくなり、猫がいる車の下を覗き込んだ。
すると、ガリッガリに痩せたキジトラの小さな親猫と、痩せた灰色の子猫と目があった。

そのまま親猫に強く威嚇されたけども、親猫は動く気力がないのか怖いのか、じっとこちらを見たまま微動だにしなかった。

しかし、どんなに威嚇されようとも、焼けるコンクリートの上にいるガリガリの猫たちを見てしまったのが運の尽き。
これはどうにかせねばならん!!という気持ちになり、慌てて近所の動物保護団体に協力を仰ぐことにした。

その時のことは必死すぎてあまり覚えていないのだけれども、当座の栄養補給を与えようとわたしが家に飼い猫のウエットフードを取りに帰り、夫氏には保護団体さんから捕獲器を借りてきてもらった。



だが、わたしたちは考えが甘すぎた。
そもそも人慣れの進んでない猫の保護ができるのか、というところまで考えが及んでいなかったのだ。
一応捕獲器も借りたし、使い方も習った。
だけど、本当にこんな状態で入ってくれるんだろうか??もしも入ってくれたとしても、保護団体さんが預かってくれてたりするんだろうか?
(当たり前だけど、保護団体さんは子猫シーズンはどこも手一杯なので、頼ってはいけません)
様々な懸念事項が頭を駆け巡り、一瞬で崖から突き落とされたような気持ちになった。


だが、とりあえずは栄養補給をさせねば…と冷静になり親子猫の前にごはんを置いた。すると激しく唸られる。
慌てて距離を取ると、親子猫たちは余程空腹だったのかガツガツとごはんを食べてくれた。ここでやっと「ご飯を食べる元気はあるのか」と一安心することができた。
だが、その日はご飯を食べた猫たちがそのままどこかに逃げてしまったので、この日の捕獲は保留となる。



そして、そこから2週間ほど。わたしの頭の痛い日々が始まる。(実際痛み止めをがぶ飲みしていた)

次の日に駐車場に様子を見に行くと、親子猫は昨日と同じ場所にいた。

なんでも、保護団体の人に話を聞くと、初対面の猫を保護するのは捕獲器があっても難しいらしく、まずは「餌やりさん」となって、猫からの信頼を勝ち取らないと、捕獲器さえ警戒の対象でうまく使えないらしい。

それならばと、わたしは1週間ほど毎日親子猫にご飯を与え続けた。
この親子にだけ与える。餌は皿に盛り、食べ終わったらすぐに片付ける。などルールを作り、ごはんをあげた。

すると、親猫は常に威嚇シャーシャーだけれども、子猫の方はわたしを見ても逃げないようになり、なんならすこし興味を持ってくれるようになった。


その間に、捕獲器を貸してくれた保護団体の方に毎日のように連絡をとりながら、今後のことを相談&懇願。
また、駐車場の持ち主に親子猫がいて危険なので保護をしたいという旨を伝えたり、市内のありとあらゆる他の動物保護団体に問い合わせをしてみたりと、もうあの親子猫のことでてんてこまいになった。

この期間は、毎日「命の重さ」に耐えられずに風呂で泣いていたし、関わってしまった責任を悔いて眠れなかった。

しかし、そんなある日、駐車場に見慣れない親子の姿がぽつん。しかも、あの親子猫に餌を与えているではないか!!
思わず声をかけると、その方は同じ駐車場を契約されている方で、猫の存在に気づいた「餌やりさん」だった。
その方はなかなかの事情通で、この辺りの猫のこと、近所にTNRをしているお宅があること、この親子猫がどの辺に暮らしているのか、などを事細かに教えてくれた。
この方も、この猫たちの行く末と母猫の新たな妊娠を不安視して、どうにか保護できないか、と悩んでいたそうだ。

わたしはひとりでこの猫騒動と闘っているような気でいたから、突然の仲間(?)の出現に、心底ほっとした。

そして、その方も並行して餌やりをしてくれていたおかげで、子猫の方はどんどん人慣れが進み、わたしたちの姿を見ると、恐る恐るだけども母猫から離れてこちらを覗き見るようになった。


だか問題はまだ山積みで、もしも保護したとしても、うちの猫との感染隔離期間はどうしようかと悩んでいた。
当然保護団体さんにも一時保護などのスペースはないし、悲しいことに我が家は部屋数が少なく、飼い猫と保護猫を分けるスペースがないのだ。
もう寝室を潰してケージを置き、わたしたちが居間で寝起きするしかないのかなーーと苦渋の決断をしようかと悩んでいたところに、また協力者の登場。


これまたご近所の方で、この親子猫が駐車場に現れる前に、弱って動けなくなっていた子猫を保護し、里親さんに譲渡されたという方であった。

その方もこの親子猫が気になっていたらしく、我々に様々な話をしてくれた。
もうこれだけでありがたい。困っているときは仲間は多い方がいいのだ。

それからは、みんなで今後どうするかと毎日なんとなく集まってうんうん考えあぐねていた。



だが、ある日、転機が訪れる。

1人目の協力者の方が「子猫ちゃん、手からチュールたべるようになったんですよ〜」と見せてくれ、
なんとなく「このまま捕獲できるのでは…?」という空気になった。
すると2人目の協力者さんからも、実は家族が猫を飼いたいと思っている、もしも飼えないことになるとしても、一定期間預かって里親探しの協力ならできる。とのお言葉。

じゃあ!!とみんなが変なテンションになり、そのまま捕獲器を持ち出すわたし。
まぁ、まさかすぐには入らないでしょうし、慣らしで置いておきましょうか。
あ、わたし見張っておきますねーーなんて会話を交わしていたら、

1分ほどして

かしゃん

聞き慣れぬ金属音がした。
だけど、暴れる音も、鳴き声もしない。

なにか捕獲器の設置方法を間違えたのかしら、と覗きに行くと

こねこーー!!!!子猫はいってるー!

そのまま、預かり予定さんのおうちにピンポンを押しに走った。
そして子猫のことを伝えると、こんなにスムーズにいくなんて、とふたりでびっくりした。

その間も子猫は鳴きもせず、仕掛け餌をずっともぐもぐ食べていた。なんて図太い子。

突然のことゆえに、預かり予定さんのおうちには猫用の準備がなかった。
それならばと我が家にある使っていない二階建てケージやらをお貸しし、当分里親さんが見つかるまでの預かりのお礼として、猫生活に必要なフードやらトイレやら諸々を買いに走った。


子猫の保護には成功した。
若干の高揚感と大きな安堵。その日は、あまりのスピード感に心が追いつかないくらいだった。

だが聞き慣れないくらいの大きな鳴き声が駐車場に響き、わたしは現実に引き戻された。
それは急に子猫から引き離された、母猫の声だった。不安そうに子猫を呼ぶとてもとても大きな声で、胸が潰れそうになった。

あんなに必死に守っていた子猫をこんな形で取り上げて、なんて自分は酷いことをしたんだろう。

当初は親子猫同時に保護をするのを理想としていたのだが、保護団体の方にそれは無理だと言われ、そういうものか、と当たり前のように受け入れていた。
「子猫を1匹にすると死んでしまうから、必ず先に子猫を保護して、母猫はあとからでも大丈夫ですから。」という言葉に納得していたが、母猫からしたらたまったものじゃない。
命懸けで守っていた子を、怖くてたまらない人間にあんなにひょいと持っていかれるのだから。

母猫にごめんなさい!連れて行きます!
必ず幸せにするから!と伝えたけど、伝わったかはわからない。

その日、わたしは張り詰めていたものが切れたのか、お風呂で動けなくなり、そのまま少し調子を崩した。その日は泥のように眠った。


長くなったので次に