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「スロウハイツの神様」 辻村深月

 僕は、読み終わった作品から次の作品を読み始めるまでの一連の過程を「引っ越し」と呼んでいる。全く異なる世界間の移動にいつも脳が悲鳴を抑えきれない、が新たな出会いによる高揚感には勝てるはずもなくワクワクしたヤドカリのように次々と住処を渡り歩く。
 本作「スロウハイツの神様」では、その名の通り「スロウハイツ」というアパートが主な舞台となる。覗き見…なんていうと気味が悪いけれど、まるで架空の一室に部屋を借りて一緒に生活していたかのような気分でこの物語と過ごしていた。

「夢」「希望」「現実」「葛藤」「憧れ」
7人の感情が絡まり合うこのアパートで、あなたは誰の心に、何を思うだろう。

 「チヨダ・コーキの小説のせいで人が死んだ」

 その日の天気は快晴だった。二十一歳、大学三年生 園宮章吾 の発案による殺人ゲーム。発案者・園宮を含む参加者十五名、全員死亡。

 園宮が運営するインターネットのサイトにより募られた十五名の自殺志願者。
 園宮から示された自殺プランによると集合場所は福島県N山の最寄駅。山の中にある廃病院の一室で練炭で死ぬか、それとも車何台かに分かれて、ガスを引き込んで死ぬか。しかし、園宮の示したプランのどれもが架空のものであり、人を募った後、彼は別のゲームを始めた。内容はシンプルに、
「殺し合い」。
どうせ死にたいと思っていた人たちの、命を懸けた最後のゲーム。数日後、発見された現場は血の海だったそうだ。

 園宮はチヨダ・コーキの熱烈なファンだった。一人暮らしの園宮の部屋には、チヨダ・コーキの小説や関連グッズ等が溢れていた。その真ん中、園宮のパソコンのキーボードの上に丁寧に折りたたまれた園宮の遺書が置かれていた。
「虚構と現実がごっちゃになった」
園宮とチヨダ・コーキの小説によって引き起こされたこの事件に、世間は騒然となった。数ヵ月にわたり、テレビは園宮とチヨダ・コーキの名前一色になった。

「チヨダ・コーキの小説によって起こされた悲劇」と一報が入った瞬間にも、千代田公輝は自宅で小説を書いていた。自宅に押し寄せてきたマスコミに何度もチャイムを鳴らされて、その音に耐えかねて玄関を開ける。フラッシュの眩い光と洪水のような声が束になって、チヨダを包み込んだ。
『チヨダさん』
『チヨダさん、責任を感じますか』

青ざめた顔で、チヨダは答える。
『もし、それが本当だとするなら              』
その一言に、ある人は頭を抱え、ある人は非難し、ある人は感動したのだという。テレビの前、高校二年生の狩野壮太も、この事件に心震わされた一人だった。

その事件から10年が経って、

第一章
「赤羽環はキレてしまった」


 チヨダ・コーキは神様か。
そんな疑念の答えを探している時間は僕にはない。あの衝撃の出来事から始まった、「スロウハイツ」での出会い。
チヨダは心を動かせる人間だった。綴る言葉で、紡ぐ物語で。

さあ、そろそろ荷物をまとめて、
次の世界へ。

                               自立できないミズゴロウより

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どうしようもなく、好きなものが私にはある。

「スロウハイツの神様」辻村深月

[上] 定価(本体720円+税)
[下] 定価(本体840円+税) 講談社文庫
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『スロウハイツの神様(上)』(辻村 深月):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)
『スロウハイツの神様(下)』(辻村 深月):講談社文庫|講談社BOOK倶楽部 (kodansha.co.jp)

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