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「ミッキーマウスの憂鬱」 松岡圭祐

 母の手を握りながら入場ゲートを潜ると、そこにはお祭りのような喧騒が広がっていた。目の前にあるそこはぼくが毎日暮らしている町とは全然違くて、まるで起きているのに夢を見ているみたいな景色だった。
 最初はどこに行こうか、と話し合う両親の先に、二匹の動物が見えた。
 あれは、ねずみだ。目立った大きな耳から、そう思った。でも、ねずみなのに立っている。ねずみなのに手袋を嵌めているし、ねずみなのにリボンをつけている。(リボンをつけている方がおんなの子?)
 そんな不思議なねずみたちは動かない笑顔のまま、すれ違う全員に手を振っていた。

 ここは”夢の国”、ディズニーランド。
 見たことのないはじめての世界に、ぼくは少し怖くなった。

ミッキーマウスの憂鬱

 東京ディズニーランドでアルバイトをすることになった21歳の若者。
友情、トラブル、恋愛・・・様々な出来事を通じ、裏方の意義や誇りに目覚めていく。秘密のベールに包まれた巨大テーマパークの〈バックステージ〉を描いた、史上初のディズニーランド青春成長小説。

ふたたび

 東京ディズニーランドで清掃のアルバイトをしている、永江環奈。
ある日、彼女はテーマパークの顔として活躍するアンバサダーになれることを知り、挑戦を決意する。不可能だと言われながらも、周囲の応援を受け、夢に向かって前進する環奈。知られざる〈バックステージ〉を舞台に、仕事、家族、恋、そして働く者の誇りを描く、最高の青春小説。


 僕よりも少し小さい手を握りながら入場ゲートを潜ると、そこには懐かしい喧騒が広がっていた。僕たちは交際3周年の節目をお祝いする場所に”夢の国”を選んだ。隣で満面の笑みを浮かべた彼女が先日、どうしてもと言った表情でそれを懇願したため、僕が断り切れなかったからだった(断ろうとしたのは人混みが苦手だったからだ)。
 ゲートを潜った直ぐそこに、3人家族が園内マップを見ながら佇んでいた。そのなかで3、4歳くらいの男の子が母親の手を握ったまま、困ったような表情で辺りをキョロキョロしている。おそらく初めてやって来た非日常の世界にその小さな頭が理解できていないのだろう。僕は、男の子はもしかしたら「いま自分は夢を見ている」と勘違いをしているのかもしれないな、と昔の自分を重ねるみたいにそう思った。
 いきなり強く手を引かれ、つい蹌踉めいた。彼女が、いつの間にか立ち止まった僕を不思議そうに見つめている。手を引いたのは、「早く行こうよ」という意思の表れだった。
「ごめん、行こうか」
僕たちは手をつないだままふたたび歩き出した。
向かう先にはミッキーとミニーが、あの頃と変わらぬ笑顔で立っている。

       自立できないミズゴロウ より

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そこには、”夢”が溢れている。

「ミッキーマウスの憂鬱」松岡圭祐
定価(本体520円+税) 新潮文庫

「ミッキーマウスの憂鬱 ふたたび」松岡圭祐
定価(本体590円+税) 新潮文庫
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