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仕方なかったんだよねー母との葛藤のゆくへー

人は、一人で生まれてくることはできない。
必ず、その親がいる。
子どもは本当に池川明先生の言うように、あちらの世界からこちらにくるときに親を選ぶのだろうか?

と、ずっと考え続けて半世紀(なが!)
私は、なぜ、あの親を選んだのかなと不思議で仕方なく、怒りや悲しみでいっぱいの思春期を過ごしたけど、

思春期の時期だけだったら、こんなに長く考えなかったんだよねー。

私がカウンセラー目指して、まっしぐらの20代始まり頃、
父は血液のガン(リンパ腫)に罹患し、余命半年かも、と家族に告げられていた。
幸い何年か生き延びて、父は私の花嫁姿を見たあと、半年くらいで亡くなった。

母は、そのあと、何故か、また大きな借金を繰り返した。

一度はあまりに大金で、もう、肩代わりしてくれる祖父は他界していて、
私も嫁いでいて、
社会人になって少し経っていた、まだ20代半ばの弟が、その借金を、時間をかけて返すことになった。

母は、多分、ギャンブル依存症になっていたのだと今では思う。まあ、わからなくもないなあ。と、今なら思える。
でも、当時は本当にわかりたくもなく、何度も何度も繰り返す借金騒動に、ただ怒り悲しみ、嫌悪した。
憎い、腹立つ、死んでくれ、と思う一方で、
それでも、かわいそうな人、気の毒な人、助けてあげたい人、愛おしい人、なのだ。

どんどん嫌悪感が積み重なってどうにもならなかった。

母の声を聞くだけで、私は別人のように声が硬くなる、機嫌が悪くなる。その姿をら見るだけでイライラした。

私は、小さな頃から母の悲惨な生い立ちを聞き、母に同情し、バカにする周りに怒り、助けたいと思いながらも、自分も母に失望し、バカにし、そして、母の独特のわかりにくい配慮のないやり方に深く傷つき、、、そんなことを繰り返して、

母を助けられなかった思いや、その気持ちを分かってはもらえなかった思いや、いろんな感情の渦にどっぷり浸かっていたのだ。

長いこと、悪夢を見た。
夢の中で、シチュエーションは違うけど、母や父にひどいことをされ、私は号泣して、泣いて泣いて、息ができなくなる、息が出来ない、苦しい、と思って泣きながら目が覚める。

だんだん、夢を見る回数は減ったけど、40代も、そんな夢見ていたな。

それがいったいどうやったら、癒されるのか、本当にわからなかった。いろんなセラピーは受けたけど。

今回、振り返ってみて、
つくづく、
私も親も、仕方なかったよね。と思えた。
なぜか、そう思えた。

私も子どもを持って、育てて、その中で喜びも苦しみも一通り味わって、
親子でも、分かり合えないこともあるし、
それは、どうしようもないこともあるなと。
私はこんな惨めな思いを子どもにはさせない!と心に誓い、それはほぼ達成したような気はするけど、子どもからしたら、それでも、多分至らぬところは多々あるわけで。

たしかにひどい目にあったけど、
それも、両親にとってみたら、多分精一杯だったし、
それなりに、一生懸命育ててはもらったし、
両親には両親の事情があったわけで。
私も彼らの気持ちを全てわかるなんて無理だったし。勝手に自分でいろいろ背負わされたみたいに被害者みたいに思っていたけど、親が望んでいたかどうか、それは違うなと今では思うし。

私はひたすら、親に、私の気持ちをわかって!と心の奥で望み続けて、諦められなかったけど、
そりゃー、親に私のことがわかるわけないよなーと、
改めて思えた。

育った時代の違い、環境の違いもあるし、感じ方も、考え方も、親子で違うしね。
分かり合えるのは、本当に稀でありがたいことで、やはり、求めてしまうものだろうけど、
わたしと親はあまりにも違いがありすぎて、
わかりあえるって、感じがなさすぎて、少しでもあればそんなに苦しまなかったとは思うけど、
いつも孤独感でいっぱいだったけど、
それも、お互いさまで、仕方なかったよね。

ど貧困だったのに、授業料免除が受けられるほどに、ど貧乏だったのに、
大学なんか行かずに、就職してお金を家に入れろとは、一度も言われなかった。
大学に行くことを反対はしなかった。
私は、就職してくれと親に言われていたら、そうしていたと思う。
でも、親は言わなかった。そこは、すごいなぁと思うし、感謝しかない。
わがままを通させてくれたよね。
なのに、あんまし、優しくできなかったな。親に。
でも、これでも、私も精一杯だった。
仕方なかったよね。お互いに。

ここに至るまで長かったなー。
存分に怒りも悲しみも体験し尽くすのが、わたしには必要だったのだろう。
たくさんの目には見えないサポートも受けたし。
いろんな学びを与えてくれた、いろんな人全てに感謝だな。

これから、親とじゃあ、昔みたいに仲良くできるかというと、それは違うけれど、
つらい人生、よく生き抜いたね、大変だったねと母には声をかけて最期を見送れそうな気がする。








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