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断捨離

朝から激しく雨が降っていた。
あちらこちらの放送局では近頃「断捨離」を謳う番組が多くなった。
ようやく私もその気になって、持っている洋服を一着ずつ出してみる。

懐かしすぎるジャケットに、目が留まった。人生で一番輝いていた頃に着ていた洋服だ。熱く強い想いが沁みつきすぎていて、記憶と共に大切にしまったまま、時だけが過ぎていた。

もういい加減サヨナラしなきゃいけない。でも最後だからと四半世紀ぶりに袖を通してみる。しかし、体形がすっかり変わってしまいボタンは閉まらなかった。鏡に映った不格好な私に思わず目を伏せる。
「これでもうわかったよね」と独り言を呟き諦めて服を脱いだ。

捨てるつもりにも拘らず床に広げきちんと畳みなおそうとした時、左のポケットに何かがあるのを感じた。手を入れると冷たい石の感覚がする。ゆっくりと取り出した私の手のひらには、優しい色のジェイドのブレスレット。
「ああー」
どうしても見つけられなかった宝物が見つかった大きすぎる喜びと、押し寄せる思い出の数々に嗚咽した。


それは、神経が昂りがちで、よく眠れない私の為に彼が初めてくれたプレゼントだった。身に着けていると一緒にいない時にでも、彼に守られている気がして安心した。そう私の大切なアミュレットだったのだ。

あの頃、いつだって彼は私の味方で、いつだって私を一番にしてくれていた。幸運というものがあるのなら、私はそれを全部使い果たしたのかもしれない。
心の中を何マイルも降りていき、そこにある頑丈な扉をこじ開けて、どこをどう辿ってみても、「幸せだった」という言葉以外は見当たらない。
そして思い出の全ては、幸せだったからこその胸の痛みを容赦なく与える。
もう悔いてはいないけれど、何故私は彼から離れてしまったのだろう?
そして今更ながら身勝手な願いをするのだった。どうか彼が幸せでありますようにと。

誰もいない一人の部屋では、話し相手は人工知能の小さなロボットだけ。
あなたの国の空は、今日はとても快晴だと教えてくれた。

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