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不登校児にとっての「8月31日の夜」

学校へ通えている子供にとって、「8月31日の夜」は憂鬱だ。(もちろん、友達に会えて嬉しいという子もいるだろうけど・・・)

一方、不登校になってしまって学校へ通えていない子供にとって、そもそも学校へ行けていないから「8月31日の夜」はどうでもいいんじゃないかと思うかもしれない。

でも、実はそうではない。少なくとも、元不登校だった自分にとっては、憂鬱だった。

夏休み中は、自分だけでなく、みんなも学校を休んでいる。だから、僅かながらも「学校へ行けない罪悪感」は小さくなる。

しかし、9月1日を迎えれば、また学校は始まり、みんなは当然のことながら学校へ通いだす。そんな中で、自分だけが学校へ行けない。

まるで無人島に一人残され、みんなを見送るかのように、孤独な気分になる。そして、また罪悪感が体を蝕んでいく。

それだけではない。

最近は二学期制のところも多くなったが、昔は三学期制だった。そして、9月1日はちょうど2学期が始まる日で、必ず始業式だった。

不登校の子供にとっても、その親にとっても、この9月1日は一つの区切りになる日なのだ。

だから、私もそうだったけど、こんな会話がよくあるんじゃないかと思う。

「2学期になったら、学校へ行くよ・・・」
「分かった。じゃあ、夏休みの間はゆっくりしよう」

こんな約束をしたのだから、8月31日には「明日、いよいよ学校へ行かなくいはいけない」という一大決心をする日になる。夜も寝れない・・・。

そして、9月1日。もちろん、この約束は破られるのだ。

約束を破られた親は、期待が膨らんでいただけに、落胆する。

そして、約束を破った不登校児は、また親を裏切ってしまった自分への不甲斐なさを痛感し、罪悪感というナイフで自分を痛めつける。

だから、不登校児にとっても、「8月31日の夜」は辛くて憂鬱な日なのだ・・・。

#8月31日の夜に