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ムーミンのお話と仲間たち②ムーミントロール

白いカバではないよ。ムーミントロールだよ。

 ムーミンシリーズの主役は、言わずと知れた”ムーミントロール”である。前回の記事(ムーミンのお話と仲間たち①)でも画像を紹介した。彼は白いカバではない。「ムーミントロール」という生き物である。ちなみに「ムーミントロール」というのは固有名詞ではない。種族名だ。略して「ムーミン」と表現したりしている。ムーミンシリーズに出てくるキャラクターで、固有名詞をもつキャラクターはごく少数である。主人公すら固有名詞を与えられていない。ひたすらに曖昧な設定なのである。なのでシルクハットをかぶったパパもムーミントロールだし、エプロンをつけてハンドバックを下げているママもムーミントロールである。とは言え、文脈で主人公のムーミントロールを指しているのか、種族名としてのムーミントロールを表現しているかはわかるので、なんとなくで読めばよいと思う。
 日本のアニメシリーズのイメージが強い方は、彼らの体の色がそれぞれ分かれていると持っているかも知れない。しかしそれは日本版のアニメだけの設定で、小説、コミックスでは体色は白で統一されている。カラーだと瞳の色が違う。ムーミントロールが水色、パパが茶色、ママが緑だ。

【参考】:筑摩書房ムーミンコミックス7巻表紙

引用元:ムーミン公式サイト(日本版)コミックス紹介ページ

迷子の火星人(7巻)表紙

 コミックスは小説には出てこないようなネタで笑いに寄せている。火星人のビジュアルが可愛い。ぜひコミックスを読んで全身の姿を確認してほしい。

ムーミンって妖精なの?

 ムーミンの話をしているとよく「ムーミンって妖精なんでしょ?」と聞かれる。研究本を読んでみると、作者のトーベ・ヤンソンは「いわゆる妖精ではない」と回答している。冨原眞弓著・ちくま書房刊『ムーミンのふたつの顔』によると、イギリスで初めて英訳されたムーミンの児童小説が出版される際、トーベはイギリスの子どもたちへムーミンママの手紙の体で挨拶文を送ったそうだ。その中でムーミントロールがトロールと名はつくものの、いわゆる北欧神話に登場するトロールとは似て非なるものであることが明言されている。(後に引用文を載せたいと思う。職場に本を置いてきてしまったのだが、現在自宅待機中にて取りに行けない。)

【参考】:冨原眞弓著『ムーミンのふたつの顔』(ちくま書房刊)より

ムーミンママが書いた手紙

可愛らしいがギャル文字のようで読みにくい。英語がところどころ間違っているようだ。ムーミントロールは勉強が嫌いだという。右真ん中あたりに鼻の大きい生き物がいるのだが、それがいわゆる北欧神話に出てくる、一般名称としての「トロール」だそうだ。ムーミンと似ているがちょっと違う。「トロール」は妖精の一種なので、多くの人が「ムーミントロール」=「トロール」の仲間=妖精という理解をしたと思われる。しかし手紙の中で、ムーミンママは、一般的なトロールと、自分たちムーミントロールの違いを述べている(こちらも後に引用予定)ので、おそらく「みんなのイメージするトロールとはちょっと違うんだよ」と言いたいのだと思う。なので、厳密には「トロール」ではない。つまり、”いわゆる妖精”ではないのである。

公式サイトにも同様のコラムがあった。以下に引用する。


『ムーミン谷の十一月』(講談社刊/鈴木徹郎訳)の訳者解説によれば、「ムーミンは動物か、人間か?」と問われたトーベの答えは、スウェーデン語の「Varelser」だったそうです。日本語では「存在するもの」と、少し難しい言葉に訳されてきましたが、想像上のものも含む「生き物」ぐらいの、ありふれた単語。トーベは、ムーミンが妖精だとはけっして答えなかったんだとか。精霊や妖怪ではなく、目にははっきり見えなくてもすぐ近くで生きている存在だと、伝えたかったのかもしれません

引用元:ムーミン公式サイト 「ムーミンはカバじゃない! じゃあ何?


 そもそもコミックスでやりたい放題している彼らが「妖精さん」とはあまり思えない。海に流れてきたウィスキーの瓶を喜んでゲットしたり(海で酒瓶を拾うのは禁酒法時代のフィンランドあるあるらしい。密造酒を海に隠して流される者が多かったため)お金儲けをしようと奔走したり。トロールらしからぬ振る舞いも、オリジナルの生き物である「ムーミントロール」ならできるのだ。

小説のムーミントロールはとてもいい子

 主人公のムーミントロールは基本的に優しくてママ思いの良い子である。穏やかだが、時に勇気をみせる。2作目『ムーミン谷の彗星』では、初対面のスノークのお嬢さん(ノンノン、フローレンと認識している方もいると思う。前髪の生えたムーミンのガールフレンド)のために木のお化けと戦う。(参考:ムーミン公式サイトコラム「ムーミンのしっぽは何色に変わった?」でお化けの衝撃のビジュアルとムーミンの勇姿がみられる
 ムーミン好きの友人と、「ムーミンみたいな子どもが欲しい」という話をしていたのだが、同時に「我々はムーミンママの様なおおらかな子育てはできない」とうな垂れた。ムーミンママの優しく、甲斐甲斐しく、決して息子を怒鳴るようなことはしない落ち着いたママっぷりは多くの母親たちの憧れではないだろうか。卵と鶏の様だが、それもこれもムーミンがいい子だからだ。ムーミンは決してママが針に糸を通すような隙間をぬって休憩に入ったとたんにNintendo Switchの使い方がわからないとか言って喚かない。スニフと二人で地球に迫る彗星を観察しに遠くまで出かけられる。(ムーミン谷の彗星)小説版9冊(最後の1冊にはムーミン一家は直接登場せず)の初期のムーミンは、素直でちょっぴり甘えん坊で冒険心もあり、個人的な感覚だと小学校4~5年生くらいに感じる。それが後期になると、ぐっと少年らしく、スノークのお嬢さん以外に恋をしてみたりする。中学生くらいに成長した印象だ。

 成長していくムーミンを感じたい方は、小説は刊行順に読むことをお勧めする。タイトルと順番は以下の通り。かっこ内はフィンランドでの出版年。


【参考】:ムーミン公式サイト「ムーミンの歴史」
『小さなトロールと大きな洪水』(1945)※フィンランドで1991年に再販
『ムーミン谷の彗星』(1946)※1956年と1968年に改稿された
『たのしいムーミン一家』(1948)※1950年にシリーズ初英訳
『ムーミンパパの思い出』(1950)※1968年に改稿された
『ムーミン谷の夏まつり』(1954)
『ムーミン谷の冬』(1957)
『ムーミン谷の仲間たち』(1962)
『ムーミンパパ海へいく』(1965)
『ムーミン谷の十一月』(1970)

日本では、『小さなトロールと大きな洪水』が最後に刊行された。フィンランドでの出版当時、第二次世界大戦中で、ペーパーブックとして発売されて以来廃盤になっており、長いこと翻訳されなかったからだ。何がびっくりってムーミンのビジュアルが違いすぎる。我々が首だと思っている所に切れ目がある。口だ。鼻も細長い。
【参考】:講談社青い鳥文庫『小さなトロールと大きな洪水』新装版表紙

大きな洪水青い鳥文庫表紙

上部左に壊したお腹を抱えて涙を流すムーミンの姿が。なぜこのシーンを表紙にしたんだろう…

コミックスのムーミンはちょっぴりポンコツ

 一方コミックスである。前述したとおりコミックスは大人向けの新聞連載なので、よりコミカルで、時代を反映したものになっている。共著のラルス(トーベの6歳下の弟。ムーミンの版権を持つムーミンキャラクターズの代表は、ラルスの娘のソフィア氏。トーベに子どもはいない)は小説家で、彼の好みにより映画のパロディや社会風刺なども多く盛り込まれている。
 私は大人になるまでコミックスは知らなかったのだが、読んでびっくりした。全然違う。児童小説の、牧歌的で、穏やかな印象で入ったので、ドタバタしたコミックスのノリはカルチャーショックだった。ただ、絵ははっきりした線で、おしゃれで、馴染みやすい。キャラクター商品の多くはコミックスから抜き出したものだ。
【参考】:ムーミンコミックススウェーデン語版表紙絵を元にした商品

コミックス表紙


引用元:ムーミン公式サイト 週刊ムーミン谷倉庫から(旧バイヤー日記) / 2009-10-23
カラーだと大分印象が違うと思う。色遣いがかなりモダンだ。1960年代に連載が始まったのだが、50年以上前の作品とは思えない。
 ビジュアル的にはおしゃれでキュートなムーミンだが、性格はちょっと頼りない。基本的に子どもっぽさが目立つ。悪友のスニフにそそのかされてお金儲けをしようとしたり、スノークのお嬢さんを取り合って伊達男と決闘をしようとして段々弱気になったり。それはそれで可愛らしい。
筑摩書房から単行本が出ているので、ぜひ読んでもらいたい。ベスト版が文庫でも出ている。
【参考】:ムーミン公式サイト コミックス紹介ページ


そんな訳で、ムーミントロールは息子にしたいNo. 1そういう生き物

 話がややこしくなったが、ムーミンには小説版とコミックス版で少々違う役割を与えられているようだ。小説版では子どもたちと一緒に冒険し、成長する役目。コミックス版では愛すべきドタバタボーイ。小説とコミックを読み比べて、ぜひ違いを堪能して欲しい。



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