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海外サッカークラブのマスコットキャラクター制作話

戦国時代の英傑・織田信長が生を受けるそのおよそ100年前、はるか離れたワラキアという国にひとりの人間が生まれました。

ヴラド3世。彼は、のちに「串刺し公ツェペシュ」の異名を持ちます。

大国オスマン・トルコに立ち向かうため、ヴラド3世は内外ともに効果的、尖った言い方をするなら、冷徹な政治手法を採ります。そのひとつが、異名の由来となった処刑方法の串刺し刑でした。

また、ヴラド3世の父は「ドラクル公」として知られ、その息子という意味でドラクラ公とも呼ばれました。

やがて、残酷な印象とともに彼の実績は冷たく尾を引き、竜と悪魔の近しい位置づけも重なって、それに刺激を受けた英国の小説家ブラム・ストーカーは、『Wampyr吸血鬼』と題していた新作のタイトルを突如変更します。

Dracula吸血鬼ドラキュラ』です。

ヴラド3世が守らんと文字通り死闘を繰り広げたワラキアは、その後オスマン帝国の属国になり、一部がロシア帝国の領土となりながら、数百年の時を経てルーマニア王国として独立します。

Romaniaローマ人の地」が国名となったのも、大国に挟まれ存亡を揺るがされてもなお、独立心を失ってなるものか、という矜持あってのことかもしれません。

去る2021年8月1日、イラスト・ゲームイラスト制作会社ミリアッシュは、ルーマニアのプロサッカークラブ「ACS Progresulプログレス Ezerisエゼリシュ」様のスポンサーとなり、その協賛としてマスコットキャラクターを制作致しました。海外プロサッカーチームのマスコットキャラクターを日本のイラスト会社がデザインするのは、おそらく史上初のこととなります。

今回は、そもそもどういう経緯で制作する運びとなったか、また、マスコットキャラクターのモチーフ等につき、書いていければと思います。

いつも通りに長いですが、どうかよろしくお付き合いくださいませ。

エゼリシュ様について

東ヨーロッパの国ルーマニアにあるサッカーチームです。ルーマニアの南西カラシュ・セヴェリン県を拠点とし、ルーマニア全国リーガ3部に所属しています。

コロナ禍による大きな収入減の中、2021年2月に実業家の板東隼平氏がオーナーシップを獲得し、現在さらに大きな舞台に立てるよう選手の皆さんと日々闘っておられます。過去には、クラウドファンディングにも挑戦されていました。

日本におけるルーマニアの映り方

昔話かもしれませんが、ビートたけしさんの有名なギャグに「コマネチ」があります。こちらはルーマニアの体操選手”白い妖精”こと、ナディア・コマネチさんを元にしたものです。

また、ルーマニアではサッカーが人気スポーツなのですが、ルーマニアを幾度となくワールドカップへ導いたゲオルゲ・ハジ選手も、サッカーファンには見覚えが強いのではないでしょうか。

音楽では、2004年頃「ネット・空耳・フラッシュ動画」の合わせ技で人気を博した『恋のマイアヒDragostea Din Tei』があります。「のまのまイェイ」の頃に生まれた子が今や多感なハイティーンと考えるに、17年前という歳月の長さに衝撃を受けます。

制作に到った経緯

知人の紹介といった繋がりではなく、弊社ウェブサイトのお問合わせフォームから、スポンサーとして協力していただきたい旨を頂戴致しました。

「なぜ、数あるイラスト制作会社の中から、弊社にお問合わせを」

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、弊社は3人からなる小さな会社です。スポンサーとして出せる金額も、ご推察に難くありません。

ご返答は、意外なものでした。

「海外へ、グッズを展開なさろうとしているのを見て」

弊社は、ゲームクリエイターブランドという、ゲームクリエイターをグッズ化していくプロジェクトを2020年より続けています。「日本のゲームクリエイターにあたる光をもっと大きくすること」を目的に、その手段として、Tシャツやステッカーを国内外へ販売しています。

その様子をどこかでご覧いただき、ミリアッシュなら海外での挑戦に対して前向きに協力してくれるかもしれない、とお考えくださったそうです。

「拡げんかな」と、蛇行しながら取り組んでいた海外への姿勢そのものが、新たな機会を作ってくれていました。

マスコットキャラクター制作 前編:モチーフについて

赤と青のチームカラーや、既存のロゴがあるため、そちらを踏襲しつつデザインに起こす運びとなりました。

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(ACS プログレスエゼリシュ様 クラブロゴ)

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(ACS プログレスエゼリシュ様 クラブグッズ)

モチーフとして、最初に考えていたのは、先述のドラキュラでした。

吸血の牙やダークでゴシックな服装、そして青白い肌。

今まさにアニメ放送が始まる『鬼滅の刃』で、主人公の竈門炭治郎かまどたんじろうたちが闘う宿敵・鬼舞辻無惨きぶつじむざんを頂点とした鬼たちも、『泣いた赤鬼』のような日本古来の由緒ある鬼というよりは、血と夜を支配する『吸血鬼ドラキュラ』の系譜を汲んでいます。また、吸血鬼ならではの「噛まれたら仲間入り」という属性は、かつては労働用として使役されていたゾンビとくっつき、今や”感染する”ゾンビものは世界中から愛される一大エンタメジャンルとなっています。

その始祖と言えるドラキュラ公、つまりヴラド3世は、これ以上なく世界に通じるモチーフだと思いました。

しかし、調べていく中で心に引っかかったのは、ルーマニア自体のヴラド3世へ向けた見方でした。

『吸血鬼ドラキュラ』を書き、世に出したのは英国の小説家です。つまり、我々がドラキュラと聞いて思い浮かべる要素群は、ルーマニア自発のものでなく、他国によって作り上げられたイメージと言えます。

事実、ルーマニアでは、1990年まで小説『吸血鬼ドラキュラ』は発禁状態でした。さらに近い話をすると、2001年に建造計画が持ち上がった「ドラキュラ・パーク」は、昨今の表現を用いるなら炎上し、2006年計画中止となっています。

「パーク」は、メインとなる「ドラキュラ城」を中心に、「疑似拷問部屋」や「牙磨きワークショップ」といったアトラクション、「吸血鬼学研究所」なる施設に加え、ゴルフコースや動物園、「血のプリン」や「脳みそフライ」の食べられるレストラン、ホテル等を備えたディズニーランド風の遊園地として計画された。(『ルーマニアを知るための60章』明石書店より)

ヴラド3世を”串刺し公”と呼んだのも、敵対したオスマン・トルコ帝国側の恐怖心です。自国ルーマニアからすれば、彼は大国に挑んだ英雄にほかならず、ホラー的な存在として愛されファンが増えていくことに対し、複雑な感情があるのかもしれません。預かり知らないところで聖地となってしまったがため、ファンが押しかけて困っている地域と近しいようにも見えます。

ルーマニアの人々から、長く愛されるマスコットキャラクターにしたい。

その想いを第一優先に置き、否定的な意見もあるだろうドラキュラをモチーフに添えるのは控えるべき、という結論になりました。

そのさなか、先方よりご要望としていただいたのは、国獣でした。日本で言うなら、キジが国鳥にあたります。

ルーマニアの国獣は、オオヤマネコです。2,000頭ほどがルーマニアのカルパティア山脈に生息しているそうです。『けものフレンズ』がお好きな方は、シベリアオオヤマネコちゃんが近いとお考えください。

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(「LYNX IN ROMANIA」より引用)

また、これは完全に偶然の産物なのですが、ヴラド3世について調べているうち、ルーマニア独特の叙事詩があることを知りました。

タイトルは、『ミオリッツァ』と言います。ルーマニア人なら、誰でも諳んじることができると言われる詩です。

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(「FOLK TALES AND POEMS, THE BALLAD MIORITA」より引用)

人語を解する羊のミオリッツァは、主である羊飼いに迫る危険を知らせます。しかし、羊飼いは遺言とともに「殺されたことを、羊たちには知らせるな」と返し、その死に甘んずる、という何だか物悲しいお話です。地方によってお話の展開が異なり、その数は千を有に超えるそうです。

みんなが暗唱できて、地域ごとにバリエーションがある詩。日本で近似したものを探しましたが、ちょっと出てきませんでした。『かごめかごめ』や『ずいずいずっころばし』等の”わらべ歌”は少し似ている感もありますが、『ミオリッツァ』に対する感覚は、ルーマニア独自のものではないかと思いました。

なら、ミオリッツァを、つまりヒツジをモチーフにするのはどうか。

オオヤマネコだけをモチーフにして制作を進めても問題はなかったのですが、海外サッカークラブのマスコットキャラクター制作、という滅多にない経験です。思いついたことは、その分だけ盛り込んでいこう。

そう考え、いただいていたご要望のオオヤマネコと併せてミオリッツァも検討してもらうべく、ラフ案の作成に取り組みました。

マスコットキャラクター制作 後編:イラスト制作過程

そうして、イラストレーターのいぞべあげさんにご依頼し、描いていただいたラフ案がこちらです。弊社設立の頃よりずっとお世話になっており、デフォルメされたかわいいSDイラストや、キャラクターの三面図、衣装デザイン等多岐に渡ったご実績のある作家さんです。

エゼリシュ様_マスコットキャラクター_ラフ

ラフには見えないほど、丁寧に整えてくださりました。オオヤマネコもミオリッツァも、マスコットキャラクターとしてのかわいさ、サッカーならではのカッコよさ、そしてエゼリシュ様らしさが申し分なく揃っています。

早速ご提出し、どちらのラフ案で進めるかお伺いを立てたところ、下記のご相談を頂戴しました。

「どちらもチームから好評で、両方仕上げていただくことはできませんか」

協賛として最終的に制作するイラストは1点だったのですが、こう仰られては、腕をまくって「出来できらぁっ!」と尽力するしかありません。

イラスト制作としては例外中の例外となりますが、通常のイラスト制作と大きく異なるのは、こちらの制作は協賛という枠で作らせていただいている、という点でした。お金をいただいて制作するのではなく、お金をお支払いした上での制作です。利益は勘定の外に座し、純粋な「どこまでやるか」の領域でした。妄想的な大口を付け加えるなら、このマスコットキャラクターにはルーマニアとの国交がかかっています。

そうして、イラストレーターのいぞべあげさんにもご快諾いただき、オオヤマネコとミオリッツァの2点が完成となりました。

エゼリシュ様_マスコットキャラクター_note

今後の展望としては、販促品やグッズ化、きぐるみ、さらにはバーチャルYouTuberVTuberも視野にあるそうです。

マスコットキャラクターとして、エゼリシュのチームメンバーとサポーターの皆様はもちろん、ルーマニアの人々に永らく親しんでもらえることを、心から祈っています。

むすびにかえて

先述しましたが、マスコットキャラクターの制作とは別に、ミリアッシュはスポンサーにもなっております。

先日、実際に選手の方が着ているのを拝見したのですが、なんだか他人事のような現実味ながらも、普段とは一味違う妙な嬉しさを覚えました。

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オーナー板東隼平氏のTwitterより引用

「なぜルーマニア? なぜサッカー?」

その問いに対しては、これまでお読みいただいた通り、端的に申してご縁以外のなにものでもない、というのが正直なところです。語弊を恐れず言えば、ルーマニアのサッカーがずっと好きだったわけでもありません。

しかし、そもそもゲームクリエイターのTシャツやステッカーを海外へ売ろうとしていなければ、このお話はありませんでした。また、実際にマスコットキャラクターを制作したあとの所感としては、間違いなくお受けして良かった、の一言に尽きます。驚くほど、さまざまなところから反響をいただきました。

そして、大口をもう少し開くなら、ミリアッシュが存在したからこそ、ルーマニアと日本の距離がこれまでよりわずかに近くなった、と胸を張れます。砂漠にちょろちょろと湧き始めた源流を枯らさぬよう熱を注ぎ、なんとか小川へすることができました。

ルーマニアとの外交樹立から100周年を記念する2021年にこのような繋がりを持てたことは、会社としても個人としても、非常に誇らしい気持ちでいっぱいです。

今回のことで、ルーマニアにもちょっと詳しくなりました。ビジネスをすることを「勉強させていただく」と表現することがありますが、まさに多くを学べました。エゼリシュの皆様、素敵な機会をありがとうございました。

最後にやや脱線しますが、ルーマニアを調べていく中に出会った漫画『ヴラド・ドラクラ』は、ヴラド3世の生き様を描くとても面白い漫画です。漫画メディア「東京マンガレビュアーズ」にて竹谷はレビューを書いておりますので、もしご興味あればお読みいただければと思います。

ルーマニアで試合を観戦できる日を夢に見ながら、引き続きご縁を大切に、ミリアッシュにできることを全部やっていきます。

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▽株式会社ミリアッシュはイラスト・ゲームイラスト制作会社です▽

▼最近eスポーツ会社DEPORTARを立ち上げました▼


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