涙を悪夢で挟むな

何日か前に母親から実家の犬が死んだという連絡が来て、なんと返事をすればいいかわからなかったので「わかりました」とだけ返して、何も考えたくなくなったのでベッドにもぐって少し寝て起きて改めて母親から送られてきた文章を見たら泣いている絵文字が使われていた。感情を手軽に表せられるツールとしての絵文字ではなく本当の意味で感情を表せられる絵文字の使われ方をしている、と初めて思った。

小学3年生の時に家にやってきたその犬は母親の友達が飼ってた犬と野良犬の間に生まれた子どもらしい。野良犬が何度もやってきて無理やり押し入ろうとして小屋を何度も壊していたらしい。人間に置き換えるととんでもない話だが、そんな事が無ければ我が家で犬を飼う事になんてならなかったはずなのでヤバすぎ野良犬に感謝はしている。

ゴールデンレトリバーと野良犬の子どもなので雑種なのだが、ちょっと汚いゴールデンレトリバーという感じだったのでウチではゴールデンレトリバーとして育てていた。

まだ子どもの頃に散歩に行きたいとせがむので連れて行ったら、5分ぐらいで疲れて全く動かなくなってしまったので抱えて家に帰った。小学3年生に子犬を抱えて歩くのはなかなか重労働だった記憶がある。

何度か脱走をしてそのたびに家族が血相を変えて探しに行ったら、すぐ近くをうろうろしていて、いつも普通にすぐ帰ってきた。

何か特別な芸を仕込んでいたわけではないし、芸をさせる意味もないと思っていたのだけど、ご飯の前でお座りとお手だけはなぜか勝手にいつもやっていた。一回爪が手に引っかかって痛かったのでお手をしてきたのをこちらが避けたらパンチを空振りしているみたいになって可愛かった。

生きている蝉を口にくわえてそのまま食べていた事があるのだけど、いまだにその直後の「何もしてないですよ?」みたいな顔を鮮明に思い出せる。

家に帰る度に飛びかかってきて服が毛だらけになった。

毎日17時に鳴るチャイムに合わせて吠えていた。6時と22時にも鳴いていたのだけど、17時のチャイムだけ長いので歌っているようにも見えたし、涙を流しているようにも見えた。

今年の始めに家に帰った時に「もう長くないかもしれない」と親に言われたので散歩に行ったらいつもと変わらずリードをどんどん引っ張っていくので心配はしていなかったけど、今思えば力が弱くなっていたかもしれない。

知らない間にもう一生会えなくなってしまった、という事を何度か経験してその度に”出会う”という事がしんどくなってしまうけど、もう出会ってしまっていたことは覆せないしこれからも否応なしに色んなものに出会っていくのだから、せめて忘れないようにしたい。出会った事によって何も変わらないなんて事はあり得ないのだから、その出会いによって得たものと与えてくれた事を忘れないでこっちはこっちで生きて行く。

連絡が来た二日後、悪夢を見て早い時間に目が覚めた。もう一度寝て悪夢を見たくないと思ったので横になりながら別の事を考えようとしたのだけど、その時に急に死んだという現実感がわいてきて少し泣いて疲れて寝たらまた悪夢を見た。涙を悪夢で挟むな。

頂いたサポートでドトールに行って文章を書きます