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禅語を味わう...008:雨滴声

 雨滴声

 うてきせい


5月も後半となりましたが、今年は西日本を中心に梅雨入りが早く、東海地方までが5月半ばに梅雨入りとなりました。恵林寺でもこの数日、雨が多く、夢窓庭園の翠もいっそう鮮やかさを増しています。
さて、今回の禅語も、禅僧たちの問答から採り上げてみることにします。
今回は、「雨滴声」です。
はじめに、問答の様子を見ることにしましょう。

鏡清(きょうしょう)、僧に問う、門外(もんげ)是れ什麼(なん)の声ぞ。
僧云(いわ)く、雨滴声。
清云く、衆生顚倒(しゅじょうてんどう)して、己れに迷うて物を逐(お)う...
                      (『碧巖録』第46則)

この問答の主人公は、唐末から五代十国時代にかけて活躍した鏡清道怤(きょうしょうどうふ)禅師(868~937)です。

鏡清禅師が、修行僧に向かって尋ねます。
外に聞こえるのは、何の音だ?

ちょうど、雨が降り始めたのでしょうか、弟子は答えます、
あれは、雨の音です。

すると鏡清禅師は言います、
悟りを開いておらんと、自ら迷って物を追っかけるものなのだ...

こうして静かに部屋にいると、雨の音が聞こえてきます。これは、何の音だ?
雨が降る音に違いはありません。しかし鏡清禅師は、「雨の音です」という修行僧の答えに対して、

衆生顚倒(てんどう)して、己れに迷うて物を逐(お)う...

と言うのです。これは一体どういう意味なのでしょうか。


「衆生」というのは、わたしたちのこと...悟りを開くこともなく、迷いの中に彷徨い生きるわたしたちのことです。こうしたわたしたちの迷いの姿を、鏡清禅師は「顚倒」と呼んでいます。
しかし、ここで大切なことは、鏡清禅師が、修行僧に対して「衆生」だ「顚倒」だと指摘しているからといって、「お前は勘違いをしておるぞ」と叱責しているわけではないということです。ここでの問答は、そんな単純な話ではありません。
じつは『碧巌録』では、この後も問答は続いています、

僧云く、和尚作麼生(そもさん)。
清云く、洎(ほとん)ど己れに迷わず。
僧云く、洎ど己れに迷わずと、意旨如何(いしいかん)。
清云く、出身は猶お易(やす)かる可し、脱体(だったい)に道(い)うことは、応(まさ)に難かるべし...

門の外に聞こえてくる音を「雨の音だ」と受け止めるのは、迷いの中にある「衆生」の振る舞いだ、衆生は迷いの中にいて自分を見失っているから物ばかり追いかけているのだ、だから「雨の音です」などと答えるのだ、と指摘する鏡清禅師に対して、この修行僧は「和尚(鏡清禅師)様、それでは、あなたはいったいどうなのですか?」と訊き返します。
雨の音を雨の音だと聞くことが、「顚倒」して己に迷っているのだというのならば、和尚様、あなたはどう聞くのですか? というのです。

これはなかなか厳しい反問です。自身の厳しい修行を通じて、己とは何者なのか、観るとはどういうことなのか、聴くとはどういうことなのか、迷うことのない確かな手応えをもっていなければ、師の厳しい指摘に対してこうは応えられません。
自分もまた、修行を通じて、迷うことのない眼を身につけた。その上で雨の音を雨の音として聞きとった、そこに「顚倒」があり、なお「己に迷っている」というのであれば、これは聞き捨てならないところ...ならばここで師の境涯を示してもらいましょう、というのです。

禅の世界では、「人を殺さば須(すべか)らく血を見るべし」と言います。
人生をかけて命懸けで修行をしているのだから、「機に臨んで師に譲らず」、たとえ師といえども修行の上のことでは一ミリたりとも譲ることはできません。師弟ではあっても、これは流血も辞さないほどの覚悟のうえでの問答です。
そして、鏡清禅師はここで、「洎(ほとん)ど己れに迷わず」と答えます。
この「洎(ほとん)ど」というところが、この問答の眼目です。
「衆生顚倒して、己れに迷うて物を逐う」というのは、こう見るのは「顚倒」で迷い、こう見れば悟り、などといったことではないのです。繰り返しますが、悟りだの迷いだのということは、そもそもそんな単純なことではないのです。

雨が降っているその音を聞いて、「雨の音です」、と答えることは、そのこと自体は「顚倒」でも何でもありません。修行僧が言っていることは、その通りのことなのです。この答えには、何の誤りもありません。修行僧に向かって「顚倒」を指摘している鏡清禅師も、ここではパラパラと雨音を聴いて、それが「雨の音だ」と知っているのです。
「衆生顚倒して、己れに迷うて物を逐う」という指摘が正しいとして、悟りを開いたら雨の音は雨の音ではなくなるのか...
己に迷うことがなければ、雨音は雨音ではなくなるのか...
もちろん、そんなことはありません。そもそも、雨の音が何か別のものに聞こえるとして、そんなことに何の意味があるでしょうか? 

わたしたちは人間の身としての生をうけ、人として育ち、生きています。
そして、こうした人間的な育ち方・生き方は、「型にはまること」にほかならず、一種の制約であり、偏りであり、余計なバイアスをもたらすのだ...こうしたものこそがが迷いなのだ、というのでしょうか? 
それは或る意味においてはそうかもしれません。しかし、そうした人間としての偏りや制約をなくしてしまったならば、わたしたちの人生に、一体何が残るというのでしょうか? 
恨みや憎しみ、欲望や執着も偏りならば、わたしたちが感じる美しさも、尊さも、あるいは私たちのこころから溢れ出る親切も善意も思い遣りも、ベクトルの向きが異なるだけで、偏りであり、バイアスである点では、同じことではないでしょうか。現に仏教では、わたしたちが尊ぶ「愛」を「渇愛」だと戒めてもいます。

わたしたちは人間として、現にこうして生きています。迷いだと言おうと何と言おうと、この生きている現場を離れて何になるというのでしょうか? 
そしてそれ以上に、人間としての肉体を持って生まれ、独りでは生きていけないゆえに社会の中で育てられ、さまざまなかたちで教育を受け、生きていく上での常識としてたくさんのことを「あたりまえのこと」として覚え、身につけてきたわたしたちが、何重にも積み重なり、無意識の領域に至るまで浸透して、もはや疑うこともできないほど骨肉化されている、さまざまな偏りや制約をなくしてしまうことなど、そもそもできるというのでしょうか? 
そうしたものを「人間的な、あまりに人間的な」、と言うのかもしれませんが、そもそもわたしたちは人間なのです。

では、鏡清禅師が言おうとしていることは、どういうことなのでしょうか...

上で挙げた続きの問答の後半部分(出身は猶お...)には、ここでは立ち入りません。そこはまさしく修行の上のことですから、また違う話になってくるからです。
そこで、いまの話で言うならば、こう考えることができます。


わたしたちは人間です。そして人間としての生をうけて、人間としてのさまざまな制約の中で生きています。しかし、その生きている現場のわたしたちの振る舞いは、どうでしょうか? 自分という人間に相応しい生き方をしているでしょうか? 
わたしたちは、自分のことを人間だと言います。しかし、その人間とは、一体いかなるものなのか...自分自身が何者であるのか、どう生きるべきなのか、ちゃんとわかっているでしょうか? 
意識しようとしまいと、わたしたちはさまざまな制約の中に生きています。しかし、それでも、どういう人間として生きるかは、自分で決めることができるのです。正直に、誠実に生きることも、好い加減に誤魔化して生きることも、自分次第です。
わたしたちは人間としての生をうけ、人間として生きているのだから、ということをすべて受け入れた上で、さらにそこにも迷いがあり、覚悟があり、決断があるのです。
「わたしたちは人間だ」という言葉が、人間なんて所詮は欲望に塗れて生きていくしかないさ、だから仕方がない...などと、出鱈目な人生をなすがままに送ることの言い訳になってはいないか...やろうと思えばやれることに踏み切れないでいる、自分の不甲斐なさに対する言い訳にはなっていないか...
問題は、雨の音を雨の音だと聞くことがどうのこうのではなくて、雨の音を聞いているお前はどうなのだ? ちゃんと目覚めておるか? 迷ってはおらんか? というところにあるのではないか。だから鏡清禅師は「己に迷って物を逐(お)う」と言っているのではないか。
ほんとうは自分自身が問題なのに、雨の音がどうのこうの、と考えをめぐらすところに迷いがあるのではないのか。

しかし、このように考えたとしても、問題はスッキリとはいきません。
「そういう和尚様、あなたはどうなのですか?」と反問する修行僧に対して、既に見たように、鏡清禅師は「洎(ほとん)ど己れに迷わず」と答えているのです。
そもそもの問題は「雨の音」などではない、それを聞いている自分自身なのだ、として、どうか...
ここでの答えは、鏡清禅師ほどの人をして、「儂は迷ってなどおらん」ではないのです。いや、これはむしろ鏡清禅師ほどの人だからこその答えだというべきでしょうか。この鏡清禅師の答えには、修行の一筋道を歩み続けた人でなければわからない、果てしない修行の深さ、人間の業の深さ、おそろしさが響いています。

さて、

衆生顚倒して、己れに迷うて物を逐う...

という鏡清禅師のこの言葉、これは『首楞厳経(しゅりょうごんぎょう)』を踏まえてのものだといいます。
わたしたち衆生は、迷妄の中にあるから、顚倒の生を生きていくほかはない(衆生顚倒)。そしてそうしたわたしたちの顚倒した眼に映るこの世界もまた、迷妄の中にあって顚倒しているのだ(世界顚倒)、というのです。
わたしたちが顚倒しているのであれば、世界もまた顚倒した姿でしか出会われることはありません。ならば、私たち自身が迷い、顚倒の中に落ち込んでしまったならば、いったい何を手掛かりにしてこの顚倒を抜け出すことができるのでしょうか。

わたしたちの迷いの根源は「欲望と執着」だとは言うけれど、欲望も執着も、最終的にはわたしたちの生存と深く関わるものです。たとえば、沢庵和尚はこう言っています、

欲と云ふ、只財宝に付て、金銀所望に思てのみ、欲と云ふに非ず。眼に色を見るも欲也。耳に声を聞くも欲也。鼻に香を齅くも欲也。一念わずかにきざすも是を欲と名付く。
此身は欲を堅めて、作り出せる物也...(『玲瓏集』)

欲だと言うと、金銀財宝を欲しがることだとばかり思いがちであるが、そういうものだけが欲なのではない。眼でものを見るのも、耳で音を聴くのも欲ならば、鼻で香りを嗅ぐのも欲の働きにほかならない。こころに何かを感じることすら、すでに欲の働きなのだ。わたしたちのこの身体は、欲の塊でできているのだ、というのです。

見ることも、聞くことも、嗅ぐことも、欲を抜きに考えることは難しい。
それとは気が付かないうちにわたしたちを欲望と執着へ引き攫っていく迷いの根源を「無明」と言います。わたしたちはこの無明ゆえに、「一念」が僅かでも兆したならば、それは欲だというのです。
もちろん、確かにわたしたちの内には「無欲の性質」も具わってはいます。しかしわたしたちは、圧倒的に強い欲のために、どうしても知らず知らずのうちに引き摺られていってしまう。それほどまでに、顚倒しないでいることは難しい...

しかし、欲の働きがそもそもわたしたちの「生存本能」にまで達するものであるならば、生きるという働きそのものに傷をつけることなく欲を除きさることなどできません。ならば、そもそも生存本能を否定してまでして欲望や執着を取り去ろうとすることは、わたしたち人間に相応しいことなのでしょうか? 
自分の生命を危険に曝してまで、欲望を否定し執着を断じようとすることは、わたしたち人間にとっては不自然なことではないでしょうか。そういう姿勢もまた、欲の裏返しとして、自己否定的な迷いの姿ではないでしょうか。
このように、考えれば考えるほど問題は複雑に絡み合い、わからなくなってきます。「迷い」の問題を掘り下げていくと、わたしたちは否応なくこのような紛糾に巻きこまれていきます。「悟り」と「迷い」...両者は綺麗に切り離すことなどできないのです。
そしてこうなると、そんな風に混乱するのは、そもそもああだこうだ余計なことを考えるからだ、理屈で解決しようとするからだ、と言う人がでてくるかもしれません。
しかし、そういう人は、何も考えなければ欲望や執着に振り回されることもなくなる、とでもいうのでしょうか? 自分自身であること、自分の生を生き切ることは、そんな簡単なことではありません。考えるのをやめたからといって、問題の解決にはなりません。
人間は、ものを考える存在です。動物とは違います。誰がどう否定しようとも、考えることは人間の本性なのです。だから、その都度、欲望や執着に立ち向かいながら、時には考えることそのことによって振り回されたりしながら、そのように迷いながら生きていくことが、わたしたち人間に課せられているのではないか。「わたしたちは人間だ」ということは、そういうことなのではないか。
修行僧の問いかけに対して、「洎(ほとん)ど己れに迷わず」と答える時、鏡清禅師が「洎ど」という言葉に込めたものは、そういうことではなかったか。
そのように見てくると、鏡清禅師の最初のことばもまた、違った響きをおびているように思えてくるのです。

鏡清、僧に問う、門外(もんげ)是れ什麼(なん)の声ぞ。
僧云く、雨滴声。
清云く、衆生顚倒して、己れに迷うて物を逐う...

雨の音を雨の音として聞く...この自然であたりまえの振る舞いの中に、すでに顚倒がある。この顚倒を、鏡清禅師もまた、まぬがれることはできない。しかし、雨音を聴く中に自分自身の「顚倒」を聴き取る時、「洎(ほとん)ど」己れに迷うことのない鏡清が、そこにいるのではないか。鏡清禅師は、パラパラと降りしきる雨音の中に、確かに、自分の顚倒を顚倒と気付かせる「なにものか」の声を聴き取ったのではないのか...

さて、鏡清禅師のこの「雨滴声」を考える時、思い起こすのは、道元禅師のことです。
道元禅師は『正法眼蔵』『光明』章の最後に、こう記しています、


仁治三年壬寅(みずのえとら)夏六月二日夜、三更四点、観音導利興聖寶林寺で衆に示す。時に梅雨霖霖(りんりん)、簷頭(えんとう)滴滴、作麼生(そもさん)か是れ光明在る、大衆未だ免れず、雲門の道うに覰破(しょは)せられんことを...

仁治三年(1242年)の夏、6月2日、三更四点(午前零時半頃)といいますから深夜に、宇治深草の仏徳山興聖寺で僧たちのために説法をした。その時、梅雨の雨はしとしとと降り続き、軒先には雨がポタポタと滴っていた。さあ、光明はどこに在るのか、聴いている者たちは雲門禅師のこの言葉に見破られてしまうことはまぬがれまい、というのです。
道元禅師のこの時の説法は、雲門禅師の言葉「人々尽く光明在る有り」についてのものであったといいます。
『碧巌録』の第八十六則で、雲門禅師は「人人尽く光明の在る有り。看る時は見えず暗昏昏たり。作麼生か是れ諸人の光明...」と説法(垂語)をしているのです。
「光明」とは、「仏心・仏性」つまり誰にでも具わっている「仏の心」、「仏としての本質」、「悟りの種」のことです。
大乗仏教では、誰にでも悟りをもたらす「光明」はある、と説きます。ならばわれわれ一人一人には、ちゃんと光明がある、悟りの種となる仏心・仏性があるはずだ。しかしながら、この「光明」を見とどけようとどれほど目を凝らしても、そのようなものは見えはしない。むしろ真っ暗闇のようにしか思えない。それでは、誰にでも具わっているという「光明」は、いったいどこにあるというのだ? というのです。


梅雨のさなかの深夜、しとしとと雨が降り、軒からは絶え間なく雨が滴り落ちる中で、道元禅師は「光明」の在処(ありか)を集まってきた僧たちに尋ねます。
誰もが仏心・仏性を生まれながらにもつと仏教は教える。しかし、そんなものはいったいどこにあるというのだ? 
わたしたち人間の日常は、欲望と執着にとらわれ、ただただ彷徨うばかりではないか。それはちょうど、この真っ暗闇のなか、雨だけがしとしと降りしきるこの説法の場とまったく同じではないのか...
この真っ暗な中、光明の在処をズバリと指し示すことができないならば、雲門禅師の言葉が、お前たちの修行の正体を暴いてしまうのだぞ、というのです。修行を通じて本来の自分、自分自身の仏心・仏性に出会うだって? 偉そうなことを言ったって、いまのお前は真っ暗なままじゃないか、何が修行だ、何が光明だ、笑わせるな、なのです。 

雨の音を聴きながら「衆生顚倒して、己れに迷うて物を逐う...」と言った鏡清禅師。そしてここでは、道元禅師もまた、降りしきる雨の音を聴きながら、修行僧たちに向かって、「光明はどこに在る」と迫るのです。
迷いは「闇」、悟りは「光」とわたしたちは考えます。しかし、それならば、悟りの光りはどこにあるのか...わたしたちの周りを見渡して、そのようなものは、ほんとうにあるか?

ここで見逃してはならないのが、雲門禅師の言葉、「看る時は見えず暗昏昏たり」です。悟りの光明は、見ようとして目を凝らすと、見えないのだ、というところです。
はじめの、鏡清禅師の問答において、己の「顚倒」を「顚倒」として気付く時、そこに「洎ど」己れに迷わない奴、眼の開いた本来の自分が立ち現れていたように、自分自身の存在が、光明など見えない「暗昏昏」だとはっきりと自覚できたとき、その自覚をもたらす奴、同じく眼の開いた本来の自分がそこに居合わせているのではないか。
悟りの体験は、「出会い」の性格を帯びています。わたしたちは何かに出会い、出会うことによって大切なもの、大切なことに気が付く。そして、気が付くことによって、生き方が変わるのです。
出会いとは、なにも光り輝くものとの、光り輝くような経験ばかりではありません。闇の中にいる己を、闇の中だ、と気付かせることを通じてしか出会うことのできないような「光明」があるのではないか...
静かに、しっとりと、あるいは切々と、薄明を透かすようにして心に沁みいるものの経験こそが、わたしたちの生き方を根本から変えてしまうような出会いとなるかもしれません。道元禅師は、このような経験もまた、詩にしています。

降ったり止んだりする雨は、薄ぼんやりとした、儚く脆いわたしたちの人生をあらわすかのようです。晴れ間があったと思っても、またすぐに雨が降り始める...迷いを断じ、執着を断ち切り、決然と歩き始めても、いつしか朦朧とした迷いの中に彷徨う自分に気付く。そんな人生では、すべては夢のようではないか。
しかし、そんな中にも、忘れることができない出会いがある。それは、燦然と輝くようなものではないかもしれないけれど、独り静かに耳を傾ける時、こころの奥底に沁みとおり、
忘れがたい経験となる...

生死憐れむ可し、休して又た起こる
迷途と覚路と夢中に行く
然りと雖も、尚を忘じ難き事有り
深草の閑居、夜雨の声...


写真:工藤 憲二 氏

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