見出し画像

episode7:こいのうた



お風呂上がり、携帯を開くと、一件のメールが入っていた。


"バンドメンバーになった、さえです!曲決めなどしたいので、一度みんなで打ち合わせしましょう!"


(そうだよなあ。うちのバンド、ナオちゃんとボーカルの子入れて4人だけど、この2人は中々自由なんだよなぁ‥。)

ナオちゃんは誘ってくれた張本人だが、いつもどこで何をしているんだか分からず、講義の出席もまちまちなようだ。

ボーカルのアイちゃんも、大学自体に来ていることが少ない様子。(じゃあ何でサークルに入ったんだ?)


とりあえず2人には連絡を入れておき、明日の午後の講義後に大学内のカフェで待ち合わせることにした。


✳︎

「おー」


待ち合わせ場所のカフェに着くと、さえちゃんが一人で座っていた。


「やっぱり一人だったね」

苦笑しながらそう言うと、さえちゃんも曖昧に笑った。

「あの二人、適当過ぎるでしょ。とりあえず曲だけは決めよう」


先輩たちからいくつか渡された初心者向けの譜面を見ながら、ドラム初心者の私でも完成出来そうな曲を話し合った。

さえちゃんは、本当に音楽が好きな子だった。
ロックバンドの話が多かったけれど、どんなジャンルの音楽も好きで、私が好きな曲はほとんど知っていて、彼女の感想や考えを聞かせてくれた。

「ライブが好きで、しょっちゅう一人で行ってる」

「えー、モッシュとか怖くない?」

「全然!むしろ興奮するよ。押されたら押し返すし!」


彼女は飄々としているのに、音楽に対してだけは情熱が凄かった。


「今回はドラムが初めてのしおりちゃんに合わせた曲にしよう。これなんてどうかな?ドラムの譜面、簡単だよ」



その曲は、今はもう解散してしまったGO!GO!7188の「こいのうた」だった。


私は譜面を手に取り、歌詞を眺めた。


歌詞は、大好きな大切な人へ片想いをしている、一途で切ないラブソングだった。



生きてゆく力が
その手にあるうちは
笑わせてて いつもいつも
うたっていてほしいよ

きっとこの恋は
口に出すこともなく
伝わることもなく
叶うこともなくて
終わることもないでしょう

ただ小さい小さい光になって
あたしのこの胸の
温度は下がらないでしょう
欲を言えばキリがないので
望みは言わないけれど
きっと今のあたしには
あなた以上はいないでしょう

生きてゆく力が
その手にあるうちは
笑わせてていつもいつも
側にいてほしいよ

きっとあなたには
急に恋しくなったり
焼きもちを焼いたり
愛をたくさんくれて

愛をあげたい人がいるから
ただ小さい小さい光のような
私の恋心には気づかないでしょう

でもそんなあなただからこそ
輝いて見えるのだから
きっと今のあたしには
あなた以上はいないでしょう

教えてください神様
あの人は何を見てる?
何を考え誰を愛し
誰のために傷つくの?

生きてゆく力が
その手にあるうちは
笑わせてていつもいつも
そばにいてほしいよ
Lalala...


「…切ない歌詞だね」

「うん。バラードなんだけど、譜面はどのパートもシンプルで合わせやすい曲だと思うよ。
このバンドはね、他にももっといい曲、いい音楽を作っているよ。良かったら今度アルバム貸そうか?」

「え、いいの?ありがとう!」


さえちゃんは、丸い瞳をきらきらさせながら、嬉しそうに笑っていた。

音楽について語れるのが、嬉しくてたまらない、といった表情だった。

いない二人の意見は聞かずして、さえちゃんとこの曲に決めた。
(二人には事後報告して、みんなで練習していくことになった)

それから程なくして、ドラムの猛レッスンが始まり、
さえちゃんと私は一緒に過ごす時間が増えていった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?