見出し画像

踏み出せなかった恋の話 後編


こちらに有料にした理由やらなんやらをまとめております。

この記事は前編の続きになります。



『ボケ』と『ツッコミ』しんどいのは?


勉強が出来ないのに塾講師をするのは難しいです。生徒の方が僕よりも知識が多くても、先生として勉強を教えないといけないからです。

ただでさえ十年以上も机に向かっていない上に、大学に行ってないことも重なった“勉強を教えられない塾講師”の僕に与えられた仕事は『生徒の勉強進度チェック』でした。


一問一答形式の教材を使って僕が問題を出し、生徒はそれに答える……という簡単なものですが、それでも僕には難しい仕事です。

なぜなら英単語の発音わかんねーし、世界史は暗号みたいな漢字がバンバン出てくるし、化学記号とか覚えた記憶さえ消えたからどうにもこうにもです。

だから僕は「読み間違えてたらゴメンね」と、いつも謝りながら問題を出し、心の中で「はやく終われ~」と祈りながら、バイトの大学生に協力してもらって何とか乗り越えました。不思議なことに、それでも生徒たちは僕に対して文句を全く言わなかったんです。


頭おかしい塾長が勝手に書いた自己紹介ポスター(頭おかしい)を廊下に張っていたですが、僕はそれにこっそりと「元パティシエなので勉強を教えることは出来ませんが、他のことは何でも相談してください」と書き加えていました。

女子生徒の間から「元パティシエなんだって~!」的な噂も聞こえましたから、多分ポスターのおかげで僕が勉強は教えられないって分かってくれていたのでしょう。あと何十人かくらいの生徒のうち、男子は二人くらいしかいなかったのと、僕がやたらスーツの似合う男だったのも良かったかもしれません。

「自分で言うな」という皆様の声を無視して続けますが、そんな男子の少ない空間で、僕の需要は『おしゃべり相手』だろうと考えました。


他のオジサン先生や同世代の男子には話せないことを聞いたり、年上の男性との会話のワクワクを演出することが僕の仕事なのだろうと、勉強漬けの女子高生たちに楽しい時間を与えられるように、なるべく明るく振る舞いました。もはやホストクラブです。

物事というのは、繰り返していくうちに決まったルーティンが出来ますが、当然この仕事にも出来ました。僕が最初に相手するのは私立校の男の子で、その子は真面目で僕の立場も察してくれるイイ子でしたが、相手が女子高生となるとそうはいきません。なぜなら若さ弾ける彼女たちに恐ろしいものはないからです。職員室でもやかましいのなんのって


ということで、あふれるパワーにビビりまくってた僕が、男の子の後に恐る恐る話しかけたのが、比較的静かな能年さんとその親友の女子二人組でした。二人は仲が良くて、いつも一緒に行動していました。

一人で歩いていると落ち着いた雰囲気の能年さんですが、話してみると明るくて、かなり天然で抜けているところのある女の子でした。実は僕、「天然女子なんてドアノブに触る度に静電気でバチってなればいい」って思うくらいそういう人が苦手です。と言っても、流石に女子高生に対してそんな大人げないことは思いませんけども、ぶっちゃけ最初の印象は「ちょっとめんどくさいのかも」と感じました。


でも面白いことに、隣に座る親友のA子さんは能年さんとは真逆のタイプでした。キリっとした目に丸いメガネが似合う女の子で、思ったことをハッキリと伝えられる芯の強さがありました。若いからこそ色んなことへのアンテナが敏感で、僕の年齢を見事に言い当てた唯一の女子生徒でした(職歴から逆算するな)

そんな二人の掛け合いは漫才のようで、能年さんがボケてA子さんがツッコむという流れもあり、彼女の天然さにイラっとすることは全くありませんでした。


二人を見た僕は自分の高校時代を思い出しました。当時の僕とバスケ部の親友との関係が、今の能年さん達の関係とそっくりだったんです。二人の姿は、まるで再現ビデオを見ているかのように懐かしさを感じさせてくれました。エモです。

ただ、僕のその経験にはたくさんの後悔がありました。その内容は別の記事で書いたので割愛しますが、ボケる側にはそれなりの悩みというのがあり、僕はそれを分かってあげることが出来なかったんです。


普通はそういう関係性を見た時、ツッコミの方が相手の世話をしているように感じることがほとんどだと思いますが、実はボケの方が支える側ということが多いのです。

ボケというのはある意味、自分を犠牲にしたサービスであり、周囲を笑わせるためには空気を読む力が必要になります。僕の親友も「もうふざけるのに疲れた」って真面目に悩んでたことがありました。すぐまた元気になって彼女作ってましたけどね。ふざけやがって


そうした経験があったから、僕は彼女の天然が作り物だということに気づいていました。



特別な生徒たち


能年さんが背負っていたパンパンのリュックには、変わったキーホルダーがついていました。顔が猫で体が魚のキモカワなキャラクターでした。僕には何となく、それが浮いているように見えて、「何このおもしろいキャラクター。流行ってんの?」と聞きました。能年さんは「別にそういうわけでもないです」と答えます。

そのキーホルダーは貰い物だそうですが、誰からのプレゼントなのかは、聞かなくてもなんとなく分かりました。能年さんはモテるんです。


ここから先は

5,846字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

応援よろしくお願いします 心の支えになります