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みょーの『ちょっとだけ青春な話』


こんにちは みょーです。

さて、第二回ちょっとだけコンテストのお手本となる『ちょっとだけ青春な話』を投稿します。自分で言っといてなのですが、なんやこの難しいお題

※参加方法やルール、マナー等については、きちんとご確認をお願いします。条件を満たしていない場合は、自己責任ということで。


今回からタイトルと見出しを分けてもオッケーということにしています。理由としては、題名がシンプル過ぎると面白さを奪っちゃうかもな~と思ったからです。別にどっちでもいいですけど

では、どうぞ。今回はですます調をやめるでおます。



ちょっとだけ青春を分けてもらった話



僕が学習塾で勤めていた頃、自己紹介の謳い文句は「元パティシエです」だった。その一言は、難しいカタカナをカッコいいと感じる子ども達の心を、尊敬と興味で満たしてしまう魔法の言葉だった。

その魔法が唯一効かなかったのが、私立中学の生徒会長をしていた男の子、リョウだった。

「先生って、何年くらいパティシエやってたんですか?」

「えっと、たしか三年と半分くらいかな」

「いやお前、めっちゃ短いやん。根性どうした!?」

馬鹿にするように笑うリョウをぶん殴って蹴って窓から突き落とすのを何とか妄想で留め、僕は「お前には想像出来んやろうけど、パティシエはものすごくしんどい仕事なんやぞ」と、「三年続くだけでも珍しい方やし、初対面でそんなこと言うのは失礼やぞ」と、腕を振るわせながら注意した。

僕は大学に行っていない。おおよそ勉強らしい勉強から逃げてきた僕に、学習塾でやれることは少ない。そんな講師に与えられた仕事が、このリョウを中心とする私立中学校クラスのお守りだった。優等生と呼べるのは、たった一人の女の子だけで、他の子は中学受験と反抗期でひねくれた少年ばかりだった。


その中でも、僕の三年半を馬鹿にしたリョウは特にバカだった。三十分も勉強することが出来ず、塾に来れば真っ先にスマホを取り出し、目を離せば塾を抜け出す。とても生徒会長とは思えない行動に、僕の上司からは「ああいう生徒は辞めさせた方がいいから、あんまり手をかけなくていい」と指示が来るほどだった。

僕の我慢の限界はすぐに来る。リョウは同級生や後輩を誘い、僕が担当する授業をほったらかし、コンビニへ向かった。相変わらず舐められているのはムカつくが、真面目な生徒を優先するべきだと考え、小学生の頃からこの塾に通う男の子と仲良くなることに決めた。

ニヤニヤしながら「あいつらバカですね」と話す男の子に、冗談で「マジで腹立ってきたんやけど」と笑いかけると、本当に頭に血が上って来た。考えないようにしていたリョウの生意気な思考を、会話に出すことで想像してしまったのだ。


「言霊とはよく言ったもんだなあ」と、どこか他人事のような冷静さを持ちながら、僕は彼らの荷物を全て廊下に放り出す。中学一年の男の子のニヤニヤは増していき、僕のイライラも増えていく。一通り荷物を廊下に並べ終えた時、コンビニの袋を提げたリョウ達が帰って来た。

「おう、そんなに帰りたいなら帰っていいぞ」

僕は扉を閉め、気持ちを落ち着けるために時間を使った。その頃には一年の男の子も何かを察し、真剣な顔で問題集を眺めていた。

数分後、教室の扉の向こうから、声が聞こえる。

「すみません。ちゃんと勉強します」

真っ先に謝ったのはリョウだった。おそらくこういう経験はたくさんして来たのだろう。素直に謝られると、こちらもどうしようもない。僕は中に入るように伝え、らしくもなく説教をした。

勉強がつまらないのは分かるし、同世代の仲間と遊びたくなる気持ちは分かる。しかし、親のお金で塾に来て、成績を上げてくれと頼まれた以上、その責任を負った僕は、今日の行動を見過ごすわけにはいかない。

「やりたくないことをダラダラ続けても、お前達のタメにならんから、やりたくないなら塾を辞めた方がいい」

僕は冷静に伝えた。真剣な顔をしたリョウは「やります」と言って、リュックから教科書を取り出した。静かになった教室が、むずがゆくて落ち着かなかった。



それから、リョウが授業を抜け出すことはなくなり、机に向かう時間が増えた。とはいえ、彼に集中力は全くなく、色々な理由をつけて勉強から逃げていた。

「部活動の顧問が、気合いばっかりで試合に勝てない」

「今度、彼女とデートするけど、どうしたらいいか分からない」

「欲しい服があるけど、買うかどうか迷う」

あまりにもくだらない理由は全て聞き流していたが、「先生って童貞ですか」という質問は見逃せず、「お前は俺を舐めすぎやぞ」と、いかに自分がモテていたかを語るという黒歴史を作られてしまった。その頃には気づいていたが、リョウはかなり“おしゃべり”が上手い。


僕がキレたあの日、他の生徒達は「リョウが誘うから行った」と言い訳をした。実際、元凶が誰かは知っていたので、僕も彼らを責めることはしなかったが、リョウは周りの人達をコントロールするのが好きで、その力があることを自覚していた。

その一方で、彼は彼自身の才能を過信していた。「自分の思い通りになる」と考えるせいで、相手の手中にハマっていると気づけないことは多くあった。オバケの話を聞いた後、親を迎えに呼ぶ純粋さを、可愛らしいと思う反面、心配になる。

僕が悪い先輩なら、彼を仲間に引き込むことは容易だろう。自分が裕福で愛情を受けて育っていることに気づいてない、私立中学に通う“お坊っちゃん”であるリョウなら、いくらでも、何でも引き出せそうな予感がする。



僕は成績と進路についての面談をする際、リョウにあることを伝えた。

「リョウには人と仲良くなれる才能があるけど、まだ全然足りない。本当にそれを使いこなしたいなら、相手に合わせることを覚えないといけない」

リョウは少し不満そうに「そう?」と答えた。僕のことを信頼してくれている以上、反論はしなかったが、やはり相手をコントロールしているのは自分だと思っているようだった。

「俺もそういうのは得意やけど、その俺から見て、リョウは全然出来てないことがある」

「何ですか?」

「上の人に可愛がられるだけじゃなくて、下の人にも優しく出来んといかんし、行動で示さんといかんこともあるぞ」

実際、リョウは身近な人間から、好かれていないこともあった。リョウのアイデアで巻き添えになって怒られても、リョウだけは目上の人に取り入り、許される。そのせいで貧乏くじを引かされる人間は多く、肝心なことから逃げる器用さは、リョウの信用を失わせるには充分だった。

それに気づく人間ほど、人との関わりを大事にする。そんな人間から順番に、リョウの周りから離れていく。その結果、残るのはリョウを利用したい人間だけ。僕の中に一瞬よぎった悪い考えを、実行するような悪魔しかいない。

「いつか痛い目を見る時が来る。だから、今のうちに色んなことを勉強しときなさい」

それでもまだ、リョウの顔には自信が溢れていた。



リョウが人付き合いを重視する理由は、彼の父親にあるらしい。

「俺のお父さんは、めっちゃ面白くて、何でも許してくれるんです」

父のことを話すリョウはいつも楽しそうだったが、反対に母の話題はいつも不満気な顔をしていた。数学の教師らしく、どんなにいい成績を取ったとしても、悪い部分を責められることが苦手らしい。リョウが母の話をする時は、いつも愚痴が中心だった。

僕の年齢になれば、それが母の愛情であることは分かるが、まだ中学生のリョウにとって、自分に都合の悪いことは内容がどうであれ、全てが認めたくない事実だ。

「でも、俺のお父さん、酔っぱらった時に『結婚したの失敗やったかもなあ』って言いよったで」

リョウは僕に不満を漏らした。また、僕の説教スイッチが入る。

「それなら、なおさらリョウはお母さんを大事にしちゃれよ。夫にも、息子にも辛く当たられたら、お母さんやってどうしたらいいか分からんなるって」

「だから、色々と気に入らんこともあるやろうけど、そこは我慢して、仲良くしてみいや。たぶん、お母さんもウソみたいに優しくなると思うで」

この言葉はリョウに届いたらしく、彼は「お母さん、勉強教えるのはガチですごいから、今度教えてもらう」と、笑顔で教室を去った。その素直な姿を見て、僕がキレた日に見せた反省の表情が、嘘じゃないことが分かった。



それから、僕の仕事が変わる。様々な事情から塾を辞めることを決意し、それが生徒達にも伝わった。その頃には例の感染症への警戒も高まり、生徒と顔を合わせる機会も減っていった。僕が私立中学のクラスと会うことも、ほとんど無くなっていた。

「まあ、彼らも独り立ちしなきゃいけない時が来るから」

上司はそう言うが、子離れというのは難しいもので、僕も彼らとのおしゃべりが恋しくなった。僕が辞めると聞いて、塾を辞めることを決意した生徒は多くいて、その中にリョウもいた。塾としては迷惑だろうが、僕にはそれが少し嬉しかった。


一度、美味しいラーメン屋がどこかで、話が盛り上がったことがあった。美味しいお店に詳しいことが大人っぽいと考えるところも、実に子どもらしい。その話題に乗っかった僕が出した名前を聞いて、人一倍、目を輝かせたのがリョウだった。

「そこマジで旨いですよね!今度みんなで行きましょうよ」

「それ、俺が奢らんといかんやつやん」

「じゃあ、テストで良い点取ったらってことで!」

僕がこの約束を思い出した時、同じ教室にいた生徒は、ほとんど居なくなっていた。

それでも、リョウは「俺が誘ってくるから大丈夫」と僕に言った。その言葉を信じて、僕は、教室に座るリョウに声を掛けた。

「今日、塾が終わったら、ラーメン屋行くか」

「でも、明日テストがあるし、それが終わってからなら……。じゃあ、木曜日にしましょう!時間とかは、その日に決めるってことで」

リョウの左手にはスマホが握られている。「テストがある」という言葉とは反対に、サッカーのゲームをしている。塾を辞めると決めてから、彼にはやる気が無かった。

「分かった。じゃあ、木曜日ね」

僕が辞めるのは水曜日。その口約束以上のことを、決める機会はもう来ない。

それでも僕は返事をした。彼の心に、新しい悩み事を作るために、僕は中学生との約束を破ることにした。その方が、リョウは自分の行動を省みるだろう。そう思って、罪悪感から目を逸らした。


最初に仲良くなった中学一年生の男の子に、一度だけ愚痴を漏らしたことがある。「勉強が出来ないのに講師をしていて、申し訳ないと思う」という、子どもには重たすぎる内容だった。

「でも、先生は充分、先生してると思いますけどね」

少し照れながら話す彼の言葉に、ずいぶんと救われた。彼のおかげで、僕は先生になれたのだと思う。


思い返すと、僕は彼らの青春時代に登場する、ちょっとした役割を持ったキャラクターだった。彼らの人生を左右する程ではないだろうけど、何かしらの思い出を残したんじゃないかと、思い上がっている。

いつか、あのラーメン屋でもう一度、彼らに会いたい。今度は、ただ性格の悪い友人として、何も気を遣わずにおしゃべりがしたい。そうすれば、あの時の約束も破ったことにはならない。という、中学生以下の言い訳も用意出来ている。



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