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世界を切り取る/hocus pocus

ときどき、人にはささやかな魔法が必要なのだと思う。

たとえば、決してそんなはずはないのに、「これは自分のために書かれたのだ」と感じる文章のような。

その一節、一行が引き金になって、ふだんのなにげない生活にひそやかに溶けこんでいた感情が影絵のように映し出されると、私はいつだってこの世界は思ったほどには悪くないと安心する。そして、なにか苦しめてくるものがあるとすればそれは自分自身なのだと気がつく。

おそらくそれは世界の切り取りかた、つまり自分と自分以外をどのように見、どのように捉え、どのように行動していくかという問題に行き着くのだろう。私たちは自らの視界に制限をかけて、判断のしやすい物の見方をするくせがついているから。

目の前にあるものをチョキチョキとトリミングして、都合のよいものだけを残す機能を、ずうっとオートマティックに設定しているみたいなもの。どうやらそれは、思うように動けない、膝下にたっぷり溜まっている見えない泥と関係があるらしい。

だから、ときどきお手入れをする。現実に少しだけ手を加えて、自分仕様に変えるのだ。

かんたんなことでいい。

洋服のタグにそっとリボンを縫い付ける。部屋をロマンティックな香りで満たす。ハートのロイヤルフラッシュを、サイドテーブルの上に並べる。

風に吹かれてさまようビニール袋を、心ゆくまで見つめる。

時にはがまんせず好きなものを食べる(ハンバーガーと塩にまみれたフレンチフライ、ホットコーヒー!)。

それらは文豪の、あるいは無名の作家による、素晴らしいひとかけらの文章――「私のために書かれた」と感じる格別な言葉を、みずから優しく抱きよせに行くみたいなものだ。殺風景な日常に飾りをつけ、あるいは甘く心を刺してハッとさせる。

そうすると今までそこにあった世界のキリトリ線がさらさらと消え、見えなかった文脈が姿を見せてくれるような気がする。

ふっと点と点がつながって、新しく星座が生まれるように。

誰かといても独りだと感じる寂しさや、自分だけ踏んだやるせない落とし穴、置いてきぼりにされそうなほど忙しい日々の疲労を紛らわせる物語が開かれるように感じる。

そして同時に、それ以外のもの――私の内外でくだけて、燃えながら落下する星々のきらめきの存在に気がつく。新しく何かに気づくということは、それ以外のものを際立てて見せるということでもあるから。

そうすると私は、赤ちゃんの服のブランケット・ステッチや、夕暮れの群青をバックにたわんだ送電線のライン、魚の吐いた小川のあぶくに、きっといくらでも、新しい美を見つけることができるように思う。

足かせを外してかろやかに、より心地よい自由の中で。

(あなたの魔法は、どんなものだろう?)




So, tell me about your pure, sheer, and almost philosophical story, changing your "reality" to something romantic. Make it a bit sweeter, taste it much richer then - with a tiny magical word, "hocus pocus". 

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