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レモンクリームソーダ・フィロソフィ

誰かと約束があるわけでもないのに、おめかしをして出かける。
ロマンティックな黒いティアードのワンピースと、白い靴。タグをぱちんと切ったばかりの、おろしたての装い。

風がサーッと、夏の名残を漁るように這って行く。髪が頬にあたってむずがゆい。だけど私は上機嫌だ。ひそやかに新しい服を着て外を歩くのは自分のためだけの甘やかしで、ほかの誰にも気づかれないのも殊の外良い。

学校帰りの小学生にまぎれて得意げに歩いていたら、床屋さんのウインドウに自分が映った。なんだか黒ずくめの未熟な魔女みたいに見えて、すこし笑った。

じつは今さっき原稿を送ったばかりで、本心は不安と自信が半分半分。文章にならなかった想いはしばらく私の周りでぴりぴりと静電気のようにはりつめているけれど、やがて身体ごと空気に混じり合っていく。

いつもの道をぐるりと回って、家に帰った。

部屋の暗がりから「おかえり」と声がする。誰もいない。きっとそれは私がいつも書く時に使うノートパソコンだろう。私の持っている唯一ほんものの魔法の道具は、いつだって想像力に応えてくれる。

水と、レモンと、シロップで作る、テキトウな私のレモネード。今日は水を炭酸水に変えて、すこしだけ刺激的なレモンソーダにしてみる。特別な散歩のひと時を延長する気持ちで、甘いバニラアイスを泡の中へ。

ひとすくい舐めると冷たくって、「夏には戻れないよ」と念を押されたみたい。

秋が始まる。一年のうちもっとも妖しくてうす暗く美しい秋が、あらゆるものをクールダウンさせていく季節。

夏のあいだに上がった心と身体の温度を、こんどは「温め直していく」季節になったのだ。

私は部屋着に着替え、新しい服をクロゼットに仕舞う。なんだかちょっとした儀式を終えたような気持ちで、パソコンを開いて次の一行を考える。

書くことがまだまだたくさんあるような気がして、ひと区切りついていたもののその先がすこし見えるようになっている。部屋はしっとりと静かで、午後はゆっくりと夜の青みを増していく。

秋風が心の芯に吹き込んできた時に感じる虚しさや寂しさもまた、生命の力の材料にできるといい。温め直すということは、きっとそういうことなんだろうと思う。

そんな私はまだ、長い夜が訪れるのを寄せ付けない。生のままの感情を味わうことしか、したくない。クリームのやさしい甘みと冷たさが、舌先で溶けながらじわりと喉の奥にしみていく。




I do deny welcoming the upcoming long winter right now, because just feel like tasting a "moment" with a cup of lemon ice cream soda.  I know it is my silly philosophy vanishing soon after I think about something else, though. 

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読んでくださってありがとうございます。取材の日は台風で、新幹線が運転見合わせになってしまい延泊になりました。ちょっと大変だったけど、良い思い出。




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