方言習得論①――習得論が必要

 きっかけは、両親の出身地である九州の方言に興味を持ったことだった。

「両親の出身地の方言をマスターして喋れるようになったら、喜んでもらえるかもしれない」

 はじめはそういう、いたずら心にも似た興味だった。
 九州方言をマスターしてみたい。では、両親の出身地であるこことあそこの方言はどういうものなのか。調べてみよう。
 で、調べてみた。Wikipediaで事細かに書いてくれている人がいる。ありがたい限りである。単語をいくつか両親に聞いてみる。
 ――〇〇って言葉はどういう感じで使うの?
 ――そんなの聞いたことないなぁ。
 ――じゃあ、××って言葉は?
 ――ああ、これは言うな。××△△って感じで使うんだよ。
 ふむ。なんとなく単語の使い方はわかった気がする。しかしながら、はて、これで方言が習得できるんだろうか?
 第一に、一個一個単語を聞いていたんじゃ時間がかかりすぎるのではなかろうか? 第二に、単語こそ九州のその特定の県で使われているのだろうけれども、千葉県に長いこと住んでいる自分が発音してみると、九州っぽくならない。おそらくアクセントが違う。あまりにも東京風である。
 もっと手っ取り早く、「○○県弁スピードマスター!」みたいな参考書はないもんだろうか。発音、文法、よく使うフレーズ、文化の紹介などを一冊にまとめてくれているような、そんな参考書は。
 探してみる。

 ない。そんなものはどこにもない。研究が進んでないのかな。他の都道府県だったらどうだろう。京都大阪あたりだったらわりと知ってる人多いだろうし、そういう参考書の一冊くらいある気がする。

 ない。やはりない。あるのはそこで使われる単語をちょろちょろっと紹介したような本ばかりで、実際に方言を習得するにはどうすればよいのか、解説している参考書は、ないのである。

 方言について書かれた本を色々読んでいるが、たしかにそれぞれの本には面白いことがたくさん書いてある。どこそこではこういう言葉がある。方言周圏論という考え方があって、実はこの言葉は古い京ことばで……云々。
 なるほど。それはそれで面白い。日本語の歴史が、書き言葉だけでなく話し言葉の観点からも洗い直せるというわけだ。面白い。
 しかし、僕が本当に求めているのはそういうことではない。違う。
 実際にその方言を喋ろうと思ったらどうすればよいのか。何を学んで、どう練習すればよいのか。それが知りたいのである。

 方言研究の本の多くは、単語や珍しい文法のコレクションは得意でも、実際にどうすれば方言が習得できるのか、ということについてはちっとも教えてくれない。だーれもそんなことには興味がない、とでも言うかのように、一様に、そうなのである。

 方言研究の本に、よく出てくるフレーズがある。それは、

 今、全国で方言が消滅の危機に瀕しています。全国で共通語化が進んでいて、方言が廃れています。

 確かにこれは大変なことだと思う。おじいさんおばあさん世代が受け継いできた言葉が、失われてしまう。そこには、脈々と受け継がれてきたものがあるんだと思う。それを記録しておくことには大きな意義がある。それは間違いない。
 ただ、一方でこうも思うのだ。各地の人たちが、今実際に話している方言はどうなのか。おじいさんおばあさん世代の方々が使っていた単語などが失われていることはあろうけれども、言われなくなった理由だってあろう。それは記録として残しておく意味はあるとして、今実際に生きている方言はどうなのか。生きているうちに広めればいいんじゃないのか。他地方の人が方言を習得するようになれば、より保存に有利な状況になるじゃないか。なんで習得論が出てこないんだ! 

 長くなってしまったのでいったんここでこの文章は終わらせましょう。

 言いたかったことはひとつ。

 方言は実際に話されている言葉であり、方言習得論が研究されなければいけない、ということです。

 それには、考えなければいけないことが山のようにある気がします。言語学素人の自分では手に負えないような、そんな気も漠然としていますが、しょうがない。だって誰も教えてくれないし考えてもいないんだもの。自分で考えるしかないじゃん。





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