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歴史・人物伝~新選組同志編⑪切り込み隊長・藤堂平助の非業の死

試衛館時代からの同志の中で、最も年下だったのが藤堂平助でした。沖田総司とほぼ同年代で、若さもあってか、新選組では「切り込み隊長」として様々な修羅場の最前線に立っていたそうです。

平助は、藩祖に藤堂高虎をもつ津藩藤堂家の殿様の落胤だったと伝わっていますが、真偽のほどは定かではありません。仮に落胤なら、藤堂とは名乗らないと思うので、個人的には「偽」かなと思っています(苦笑)

そのエピソードを「真」と思わせたのは、平助が美男子だったからでしょう。新選組隊士の美男子と言えば、沖田が真っ先に浮かびますが、実は平助のことだったのではないかとも言われています。

平助は、試衛館の前に伊東甲子太郎の道場にも出入りしており、その縁で伊東一派を新選組に誘います。ですが、伊東は間もなく「御陵衛士」として分派し、最後は近藤らによって粛清されてしまうのです。

この時、平助は伊東とともに御陵衛士に加わったため、伊東粛清の際の油小路事件では、旧知の仲間たちと斬り合いになって殺害されます。永倉新八は平助を逃がそうとしましたが、かないませんでした。

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