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醜茶まりな『DEEP SLEEP FIRST KISS/悪虫』インタビュー

 
 レオナードエンターテイメント所属の女性シンガーソングライター・醜茶(しこちゃ)まりなが、9月13日に1stシングル『DEEP SLEEP FIRST KISS/悪虫』を配信リリースした。
 今年の4月5日に発売し新時代のシティポップ・センスとストーリーテラーとしての才覚を見せつけたメジャー初アルバム『ド都会インディーズ』、そして5月20日から7月8日まで開催し全公演満員御礼を果たしたリリースツアー『しこちゃまりなしこたま演奏会 ~ここが君の都会編~』を経た彼女が創りあげた新作は、アルバムで見せた穏やかな日常から一変して聴き手を突き刺し突き放すようなロックナンバー『DEEP SLEEP FIRST KISS』と、シティポップでありながらフォークの抒情を覗かせる『悪虫』という、両極端な2曲だった。
 メジャーデビューから半年が過ぎようとする今、彼女の内に渦巻く生の想いと願いを聞かせてもらった。
 
取材・文/名南奈美
 
 

売れたかったから猫かぶってたけどもういいやって(笑)


 
――昨年12月にメジャーデビューとアルバムリリース、リリースツアー日程を発表してから今日まで、怒涛の9か月だったかと思います。どのように過ごされてましたか?
 
醜茶まりな(以下、醜茶):すごい忙しかったですね(笑)。
 アルバムの曲自体は大体12月にはできてたんですけど、レコーディングとかは1月からだったし、いっぱい映像も撮らないといけないし宣伝も……あんなにしてもらえて本当にありがたいんですけど、打ち合わせしてブンブン動いて大変で、アルバム出てすぐに熱出したりしました。ツアーの準備していかないといけないのに(笑)。
 でも、やっぱりインディーズのままだったらできない経験だと思うし、色々とリッチなバックアップをしていただいているからこそ、たくさんの人に音楽を届けていくことができていて。
 幸せだなって、ツアーに来て受け取ってくださるお客さんの顔見てて思いました。
 
――新作『DEEP SLEEP FIRST KISS/悪虫』にはそういったメジャーでの経験も反映されているのでしょうか?
 
醜茶:いや、それはこれからの曲に活きてくると思うので、もうちょっと待っててほしいです(笑)。
 今回シングルでリリースした2曲は去年作ったんですよ。でも、メジャーデビューアルバムって思うと入れないほうがいいかな? もうちょっと一般受けする曲で固めたほうがみんなにおすすめしやすいんじゃないかな? って考えたので外したんです。つまり猫かぶってた(笑)。心から書きたい、届けたいことではあったけど、書きたいことの中でもポップなものだけを採用したアルバムだったんです。
 
――それがどうして今回リリースすることに?
 
醜茶:アルバムが売れて、ツアー初日いっぱい人が来てくれて、売れたい欲が満足して。売れたかったから猫かぶってたけどもういいやって(笑)。初日終わった後すぐマネージャーに言って、ツアー中にレコーディングをさせてもらいました。バンドのドラムの稗田さんに編曲もやってもらったから大変そうで、ごめんなさい! って思った。
 でも人っていつ死ぬかわからないからリリースできないまま死ぬの嫌だったし、それにエゴサとかしてたら『ド都会インディーズ』の歌詞の作風がそのまま私の性格だと思ってる人が多くて、早くそうでもないって教えたいぞって(笑)。
 

今回はひたすら自分の話なんです


 
――ということは今回リリースされた2曲は、醜茶さんのパーソナリティに関係する楽曲なのでしょうか。
 
醜茶:はい。今回はひたすら自分の話なんです。もはやインディーズでやってた曲よりもずっと実体験の話をしている。『ド都会インディーズ』では自分じゃない架空の女の人の話ばかり書いていたというか、そういう曲しか入れなかったので、今回はそうじゃない曲だけのシングルです。
 
――『DEEP SLEEP FIRST KISS』は、《ねえ何したの ねえ覚えてないよ ねえキスしたの 初めてだったよ》という、切ない導入から激しいバンドサウンドで幕を開ける楽曲です。全編に渡ってファーストキスに対する苦い感傷を歌っているように感じられました。
 
醜茶:大学生の時にサークルで好きな先輩がいて、周りに結構それバレてたんですけど、サークルで飲んだ時、ちょっと飲みすぎて飲み屋で寝ちゃって。友達が起こしてくれたんですけど、寝てる間にその好きな先輩が私にチューしてたらしいんですよ。囃し立てられて仕方なく、とかじゃなくてノリノリで、好きらしいしやっちゃえみたいな。高校が女子高だったから、それが初キスだったんですよね。
 割と乙女だったから初キスが記憶ない状態で終わったのがすごく悲しかったし、初キスの感想が悲しいなのも悲しかった。でも一番悲しかったのが、その悲しいに全然共感してもらえなかったことなんですよね。周りがそもそも中高でキスどころか処女童貞捨ててるような人ばっかりだったから、それくらいで傷つくの可愛いみたいな。
 寝てる間に好きな人にキスされるなんて漫画みたいで最高とか言われて、それで余計に嫌だなって顔してたら、起こしてくれた友達から「その程度で拗ねてんのめんどくさい、初キスなんか大したことないんだから引きずることないでしょ!」って怒られて。
 
――《私の価値くらい知ってるわ パチこかないで もう友達じゃない人》とありますが、その時の感情が示されているのでしょうか。
 
醜茶:それはどちらかというと、大人になって振り返った時に思ったこと。当時はそれこそいっぱいいっぱいになってたから、そんな余裕なかったんですよ。みんな嫌い! チャラい人怖い! サークル辞めたい! ぐらいしか思ってなかった。
 大学出てバイトしてインディーズで音楽やってネット見て本を読んで大人になっていく中で、たまに《自分の価値は自分で決めるもの》みたいな言説や歌詞に出会ってきたんですけど。去年ふとそれちょっと違うというか、弱いよな、ってことに気が付いたんです。
 
――弱い、とは?
 
醜茶:だって《自分で決めていいもの》って基本的にどうだっていいというか、妥協したり決めなおしたりできるものじゃないですか? 今夜はあの店で食べよう、今日はこの服を着たい、働くならこの会社がいい、みたいな。行きたかったお店が休業日だったり、着たいけどドレスコードに合わなかったり、面接に落ちたりしたら、しょうがないから妥協しようとか、じゃあ次はこの会社で働きたいから頑張ろうとか。そういう、あんまし重くないカテゴリに、自分の価値を含めてしまうのはどうなんだろう? 自分の価値がそういうカテゴリだったら外的な要因や気分の変化で簡単に価値を決めなおせてしまうじゃないですか。
 もっと血液型とか、どの指が一番長いかとか、簡単に揺るがないようなカテゴリに入れておくべきだと思うんです。自分に自信が持てないメンタルでも、色んな人に洗脳みたいなことされても、それでも自分という存在や自分の貞操の価値は不変のものとして思えるようになったほうが絶対、健康にいい。
 だから自分の価値は、自分の血液型のように、気分で勝手に決めていいものじゃない、他人が勝手に決めていいものでもない、ただそういうものだと《知る》ものとして扱う歌を作っていきたいな、と思いました。
 
――ただ自分の話をするだけではなく、受け手にとって前向きな影響を与える意図も込めて作詞されたんですね。
 
醜茶:うん。どんな作品もただ書くだけじゃなくて世の中をよくするものじゃないと、わざわざ出す意味がないと思ってます。ただ楽しいだけ、ただ悲しいだけのものなんて今更作らなくても既存の作品で十分じゃないですか。
 
――『悪虫』の話に移らせていただきます。個人的に、《そんな酷い傷きっと僕のほうが似合うのに どうして君に降り注ぐ》という歌詞など、節々に「あなたの痛みを代わってあげたい」という自己犠牲的な愛情を感じて好きなのですが、そもそもどうして『悪虫』という曲名なのでしょうか?
 
醜茶:実在する名字なんですよ、悪虫。醜茶も実在するんですが、ミュージシャンとしての名前を考えるとき、醜茶と悪虫で一週間悩んだくらい気になっている名字で。
 
――どういったところに惹かれるのでしょうか。
 
醜茶:えっと、これ悪虫さんや醜茶さんに失礼なのでカットしてもらってもいいんですけど(笑)。私ずっと自分の本名がコンプレックスなんですよ、美しすぎて。綺麗で前向きで主人公っぽい響きがある名前で、込められた意味も美しかったんですが、肝心の自分には似合ってない、名前負けしてるって小学生の時から思っていて(笑)。中学生の時に悪虫の存在を知って、きっとこの名字の人は学校でいじられてるに違いない、私と交換できたらいいのに、私のほうが悪虫なのに! ……そういう曲です(笑)。
 今は端から見るとCD売れてツアー埋まってキラキラしてるかもしれないんですけど、自分の嫌なところはずっと変わっていないから。だから本名より芸名の醜茶まりなのほうが名乗っていて落ち着く。
 でもやっぱり、悪虫という名字にも憧れ続けているというか、結局は醜茶まりなって語感だけで選んだから、それ以外の部分では悪虫が勝ってるんですよ、私としては。だから未練の消化みたいな気持ちで作りました。
 

自分が音楽を続ける意味を改めて認識できた


 
――シングル『DEEP SLEEP FIRST KISS/悪虫』を制作していく中で、印象に残った出来事などはありますか?
 
醜茶:シングルにするための制作中はツアー真っ只中だったので忙しすぎてあんまり覚えていないです、気づいたら完成していました。ただ、編曲の稗田さんの娘さんが休職中らしいんですけれど、稗田さんいわく彼女に『DEEP SLEEP FIRST KISS』の完成音源を聴かせてみたら、泣いたらしいんですよ。色々と我慢して生きてきた人らしくて。私が私自身の普遍的な人生の傷を晒すことで、他の人の傷と共鳴することができるんだって実感しました。
 
――素敵な話ですね。最後に、今後の音楽活動についてどのように考えているか教えてください!
 
醜茶:まず『ド都会インディーズ』で自分以外の話をして、今回のシングルで自分自身の話をして、反応の違いも見えてきて。自分が音楽を続ける意味を改めて認識できたので、次は極端じゃなくてこういう早いペースでもなくて、ゆっくりバランスをとっていこうかなと思っています。とにかく人生経験値が爆上げの数か月だったので、やりたい新しいアイデアも溜まってきていて……早くアルバムを作りたいです。ですけど、ペースをこれ以上早くするとゆっくり咀嚼できない人も出てくるかもしれないし作った曲は大事にしたいから、そういう意味でもバランスですね。
 あ、そうだ。今回のシングルの曲はもちろん、『ド都会インディーズ』の曲のMVも撮影したりライブ映像の編集を進めたりしています。1stアルバム曲のMVは聴いたことあっても新鮮に楽しめるようにみんなで頑張って練っているので、投稿されたら是非感想をいっぱいくれると嬉しいです!
 
 

プロフィール


 
 醜茶まりな(しこちゃ・まりな)
 歌醒大学卒業後、就活をするのを忘れていたことに気が付きインディーズ活動開始。ポップなメロディとストーリー性のある歌詞、滑舌のよさでファンを増やす中、2年目に岸波奈子(スーパーブリーフおじさん)をサウンドプロデューサーに迎えて自主制作・配信リリースしたフルアルバム『ド田舎メジャーポップ』がシティポップ好きの間で大きな話題を呼ぶ。翌年の12月末にレオナードエンターテイメントとの契約を発表、今年の4月5日に『ド都会インディーズ』でメジャーデビュー。好きなお茶はキンキンの麦茶。
 
ライブ情報
 
『しこちゃまりなしこたま演奏会 ~初キス編~』
 20XX年10月14日(土)
  歌醒県 二尾CLUB ECLAiR
 20XX10月28日(日)
  恋川県 SECOND HALL KOIKAWA

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