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初恋の相手が義妹になった件。第11話

 一つ屋根の下。二人きりの恋人同士。だが、部屋は別で、肩書きは義兄と義妹。つまり、家族なわけで、恋人なわけで。
 別に悪いことをしているわけではないはずなのに、どうしてか、罪悪感を覚える時がある。
 妹と言うものは、守るべきもであると、どこかの兄が言っていた気がするし、従兄弟のカズ兄も同じことを僕に言ってくれた。年長者が年少者を守るのは当たり前だと。
 そういえばカズ兄は元気だろうか。中一の頃に田舎へ帰って以来会っていない気がする。もう社会人になっただろうし、久しぶりに会いたいな。
 父も、実家へ再婚の報告はしていただろうし、その内挨拶に行かねばならないだろう。
 母の実家はすぐそこだから、祖父にもすぐ会いに行ける。
 そういえば、清恵さんの実家へは挨拶に行かなくていいのだろうか?
 百花に従兄弟とかはいるのだろうか……。
 色々考えていると、眠くなってきた。つまり、頭の中がごちゃごちゃになっていると言うことだ。
 お茶を飲みに台所へ行く。階段を降りる途中にテレビがついてるのがわかった。

「何見てるんだ?」

「んー、ドキュメンタリー。歌舞伎役者の」

「好きなのか? その歌舞伎役者」

「別に……やってるから見てるだけ」

 僕は百花の分のお茶も持ってソファーに腰掛ける。小声で「ありがと」と、百花は言い僕は「どういたしまして」と、軽く答えた。
 何ともいえない時間がソファーの上で流れる。
 隣に座りながら、僕は何かを意識していた。

「ね、なんか変な気分じゃない? この家に二人きりって」

 僕はずっと、父が出掛けているとこの家ではひとりぼっちだった。
 それが寂しいとは思わなかったし、たまに祖母が顔を出してくれていたりしていたから、孤独というわけではなかった。
 だが今は違う。
 こうして百花がいる。それだけで僕はもしかしたら幸せなのかもしれない。そんなくさいセリフをいいそうになっていた。

「確かに、日中に二人きりになるのは初めてかも」

 僕がそう言うと、百花はしめしめと僕との距離を詰める。

「……ね、昨日のお母さんの声聞こえた? 私も、したらあんな声出すのかな?」

「さあ……」

「……忘れて」

「何がだよ?」

「そういうことをすぐにはしないって決めたもんね」

「まあそうだけど……どうしてもしたいって思ってるなら……」

 百花は僕の膝の上を跨いで座る。

「でも正直ね、昨日はしたいって思ったけど、お母さんの声を聞いてから、ちょっと怖くなった。私もあんな感じになっちゃうのかなって」

 普段の母、清恵さんを思えば想像もできない声を出していた。男女の関係になると、性のことは付きものだ。それにより、普段見せない一面が垣間見えることもある。正直、僕も怖い。自分の知らない百花も自分も、それをしることが怖い。

「……多分、気持ちいいんだろうけど、それを知るのも怖い」

「だね……なんか私達にはまだ早いなって実感した。悠人はわかってたんだね」

「全てはわかってなかったけど、何と言うか、大事なことだし、初めては一生に一回しかないから、大事にしたいっていうか」

 僕の体を触る百花。僕は百花の唇を奪うと、淡白なキスをした。
 それはお互いに、その快楽に恐怖を覚えてしまい、怯えていたからだ。

「……」

 二人を静寂が包み込む。テレビのニュースキャスターが何やら話しているが、それが何を指しているのか、僕らは聞いてもいなかった。

「でも、私、悠人が好きだからね」

「もちろん、僕も百花が好きだ」

 今はこれでいい。そう思って僕らは昼食を作ることにした。
 僕はぺぺたまを手際よく作り、百花はそれを見て驚いていた。

「料理男子、モテるでしょ」

「モテなかったからずっと初恋を引き摺ってたんだけど」

「まあそうか」

 笑いながらぺぺたまを食べ、美味しいと言ってくれる百花。
 人に料理を振る舞ったことがなかったから、美味しいと言われる喜びをその時知った。
 百花はずっと横に立ってるだけのアシスタントだったから、洗い物くらいやると食べ終えた食器を持って行った。

「私も料理できたらな……お母さんが殆どしちゃうから」

「へぇ。でも、心配なんだろう。包丁持たせたりするのが」

 僕も小さい頃に、何度か包丁で怪我をしたことある。痛いし血が止まらないんじゃないかってくらいザックリ切ったこともある。

「大事に育てられたんだよ」

「おかげで箱入り娘みたいになっちゃった」

 そんな話をしていると、両親が帰ってきて、ぺぺたまの残り香を嗅いだ清恵さんは、何を作ったか訊いてきた。

「悠人、パスタは小学生の頃から得意だもんな」

「得意ってほどじゃないよ。麺を茹でてニンニク切ってってそんなに難しくないし、ソースはレトルト使う事もあるし、インスタントラーメン作るのとそんなに変わらないと思うけど……」

 僕がそういうと清恵さんは驚いていた。

「百花は幼稚園の頃に包丁触って指切っちゃってから、させなかったから、そろそろ覚えてもいい頃かもね」

「え、そんな話聞いた事ない!」

 僕の考えてたことが強ち間違っていなかったことに、驚いた。

「まあ、僕は何度も微塵切りしてる時に自分の指先切っちゃったことありますけど、最近は殆ど切らなくなったな」

「というか、この家の包丁とか年季入ってるのってもしかして悠人がずっと使ってるから?」

「うん、そうだよ」

 僕がそう頷くと、清恵さんは感心していた。

「よかった……うちから持ってきたのあるしって処分するか迷ってたのよ。利行は料理あんまりしないって言うし」

「邪魔なら別に……そんなに高価な調理器具はないし……あ、でもこの包丁はお祖母ちゃんと母さんの形見だから……」

 亡くなった母が嫁入り道具として持ってきた包丁。祖母もうちで料理するときはそれを使っていた、シェフナイフ。僕もずっと使ってる包丁だ。

「そうなのね……」

 僕はその包丁を撫でて刃先を確認する。

「よかったら、私もそれを使ってもいいかしら」

「いいよ」

 祖母は、母の味を伝えるためにこの包丁で料理をしてくれた。母のもので料理することによって、僕に母親を感じさせるためだった。
 そしてそれが母の形見だと何度も聞かされたお陰で、僕は毎回母の料理だと思って食べていた。

「なんかでも素敵ね……使い慣れてる道具じゃなくて、形見の道具を使ってって」

「どうしても包丁とか鍋とかで味が変わるって祖母ちゃんは言ってました。ここで作るのと祖母ちゃんの家で作る味は違うって」

 二人は部屋に着替えに行ったので、僕と百花はソファーに座ってテレビを見ていた。
 日曜日のお昼下がり、ありきたりなバラエティとドラマの再放送。
 僕は自室に戻って本を読むことにした。
 ソファーから立ち上がると同時に、百花も立ち上がり、一緒に部屋に入ってきた。

「なんで付いてくるんだ?」

「なんか一緒にいたいから」

 なぜか、百花がめちゃくちゃ可愛く見えた。

「邪魔はするなよ。今からエロい本読むんだから」

「邪魔どころか、手伝おうか?」

「何をどうして手伝うんだよ」

 僕は取り出した本を開く。

「全然、エロ本じゃないじゃん」

「πとか書いてるんだから、エロいだろ」

 単純に、教科書を読んで予習をしようと思っていただけだった。その様子に拍子抜けした百花は勉強机の引き出しを漁り出した。

「なんか面白いのないかな……」

「何もない……!」

 僕は思い出した。中学の時、なぜか机に入っていた手紙。中二の冬だったか、それぐらいだったと思う。
 差出人はわからず、内容も三年になっても一緒のクラスになろうねなんて言う、何なのかわからないものだった。

「整頓されてるなー」

「ちょっと、二段目の引き出しは!」

 百花はすでに二段目の引き出しを開いていた。
 そして、可愛らしい便箋を手にして言葉を失っていた。

「……中二の時になんか机に入ってたんだよ。誰からのかわからなかったし、内容もなんか重大なものじゃなかったし……」

「これ書いたの、私なんだけど」

「は?」

「私、渡す手紙間違えてるじゃん!だから、あの時体育館裏に来てくれなかったのか……」

「何それ、詳しく聞かせて」

 僕は百花に正対して目を見た。

「えっと……バレンタインデーだったんだけど覚えてる?」

「あ、確かにチョコじゃなくて手紙だけってより謎だった記憶がある」

「体育館裏で渡そうって思ってたの……で、告白もしようって奮い立ってた。でも、悠人来なくて、寒かったし約束の時間過ぎてすぐに帰ったの」

「……そもそも約束の時間知らなかったし」

「だよね。本当はそれを書いた手紙を入れるつもりだったのに……気合いが空回りして間違えちゃってた」

 でも、その時の百花はちゃんと手紙を机に忍ばせれたと思っていた。
 僕が待ち合わせに来なかったことで、振られたと思ったのだろうか。

「私の初恋、終わったなって思った」

「そりゃそうだよな。その待ち合わせの約束は交わされることなく、三年生でも同じクラスになりたいことを伝えただけだったし」

「もう、なんか恥ずかしい……」

「僕は嬉しいよ。ようやくその手紙の真相が知れて」

「何でこんな手紙大事に持ってるのよ」

「だって、女子の字だし、初めてそういう手紙もらったから……記念?」

 百花は笑いながらその手紙を破いた。

「あ、何するんだよ!」

「いいじゃない、本人が破ってるんだから。因みに、その時のチョコは利行さんにあげた。お母さんは喜んでたけどね。前日に作ってたからこの為だったんだって」

「結果オーライか?」

「たぶん」

 僕は最下段の鍵のかかった箱を取り出す。

「それじゃあ、お返しに……」

「何よ……」

 暗証番号のダイヤルを合わせて箱を開ける。
 その中の便箋を取り出すと、百花に渡した。

「本当は渡そうと思ってた……ラブレター。でも、前にも話した夏休み明けに父さんとデートしてるのを見て諦めてから、この箱に入れてたんだ」

「……嬉しい」

 百花は手紙を読みながら瞳を潤わせていた。

「めちゃくちゃ悠人の好きが伝わる手紙だね……お互い、同じきっかけで好きになってたんだね」

 百花は僕に抱きつく。その柔らかい感触と、ずっとこうしていたいくらいの温もり。
 僕は百花のことが好きだし、百花も僕のことが好きだって言うことを再認識したことで、すこし舞い上がっていた。
 どこまでも、頭の先から足の先まで、僕のものにしたい。僕も、百花の物になりたいと思った時、空腹の狼が肉を貪るように百花にキスをしていた。

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