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【不定期連載小説】幻想とじゃれあって(1)

 昼過ぎに降り出した雨が止んだ。
 虹でも出れば、良い雰囲気になるのだが、そんな都合のいいことはなく、ジリジリと照らす太陽の光で辺りは蒸し暑さを増していた。
 少し早い猛暑日の今日、優花の告別式。悲しみに暮れるクラスメート、優花の家族。僕はと言うと、自分の無力さに放心に近い状態だった。
「なんで、あんたがいながら、優花が死ななきゃならなかったの」
 優花の母にそう言われてからずっと、僕が死ねばよかったのにと思い続けている。
 あの日の事故は、防ぎようのない事故だった。飲酒運転の車にはねられた優花の躯体が、僕の前をスローモーションで通り過ぎていく。まるで、目に焼き付けろと言わんばかりに。今でも、目を閉じたら思い出すくらいだ。
 あの時、僕はどうすればよかったんだろうか?
 虚ろな目で僕に向かって微笑んでいた優花と一緒に死んでいれば、今こんな気持ちに苛まれる事なく、楽になれたのだろうか?
『悠馬君となら、幸せになれると思う。だから、早いけど結婚を前提にお付き合いしてください』
 告白をしてきたのは優花の方だった。元々、友人関係ではあった。だけど、そこまで深い関係ではなかった。同じグループで遊ぶ程度。なのに、優花は僕を選んだ。もっと良い奴もいたはずなのに、僕みたいな恋人の命すら守れない男を選んだ。
 事故当日、病院で泣き叫ぶ優花の母と、肩を叩き慰めてくれた優花の父。そして、優花そっくりな一つ下の優花の妹の六花。僕は、泣けばいいのか、とにかく頭を下げて謝ればいいのかわからなかった。
 そして人は、完全にどうすればいいのか、わからなくなった時は放心状態になるんだと知った。

 お焼香の匂いに、少し鼻をやられたが、その一摘みの焼香が優花の手向けになるのか、少し疑問だった。お焼香を終え、僕はとりあえず斎場の雰囲気が嫌で、外のベンチに座った。
 通例儀式だというのは理解っているが、そんなことで、僕が優花に許されるとは思っていない。
 あの時、僕が車道側を歩いていれば、優花は死ぬことがなかったし、今こうして皆が悲しむこともなかったはずだ。

「それは違うよ」

 なんだか声がした気がした。それはまるで、優花の声だった。声のした方へ恐る恐る顔を向けると、そこには優花の妹である六花がいた。

「六花ちゃんは心が読めるのか?」

「ううん、お姉ちゃんがね、きっと悠馬君は自分を責めてるだろうから、慰めてあげてって」

「お姉ちゃんが? 優花はもう死んでるんだぞ。そんなこと言えるわけない」

「ごめん、嘘。さっきの、普通に声に出てたよ」

 そういうことか、と呟き僕は俯いた。足元には働き蟻達がせっせと昆虫の死骸を運んでいた。

「実はね、私は四月二日に日付が変わった瞬間に生まれたの。で、お姉ちゃんはその少し先に」

「確かに、優花は四月一日生まれって訊いたけど……そうか二人は双子だったのか。そりゃそっくりなわけだ」

「そう、しかも一卵性双生児。だからほんとそっくり。生まれたのも数分差」

「そんなこと……本当にあるのか?」

 僕はスマホで『双子 学年違い』と調べた。すると、本当にそういった例があったことを質問するサイトがヒットした。

「でも双子の場合、殆ど昼間に帝王切開なり誘発分娩なりをして、そういう事にならないようにするって」

「本当よ」

 少し低い声が聞こえた。優花の母だった。

「本当ならそれで出産する予定だったの。でも、陣痛が予定日よりも早く来てしまって、そのままお産することになったの。それで、日付を跨ぐギリギリで優花が生まれて、その後、日付を超えてから六花が生まれたのよ」

「そうだったんですね」

「優花に聞かなかったの?」

「……優花は何も。ただ、自分そっくりな妹がいるって程度で」

 優花の母は、少し満足気な顔をしてその場を去った。恐らく、娘を奪われた嫉妬からくるものだろう。

「実は、悠馬君に謝らなければならないことがあるの」

 少しの沈黙を破って六花は口を開く。発せられた言葉に、僕の頭上にはクエッション・マークが浮かぶ。

「実は私、何度か悠馬君とデートしたことあるの。お姉ちゃんと偽って」

「え、嘘だろ?」

「……本当。でも、疚しい事はしてない。普通に遊びに行く程度だったから。ほら、水族館行ったでしょ?」

「こりゃやられたな……全く気付かなかったよ。てか、あの後何度か優花にその話したぞ……」

 僕はベンチで仰け反りながら言った。

「……こんなところで言うのも可怪しいかもしれないけど、私、悠馬君のこと好きだから」

 六花は少し小声で、周りに聞こえないように言った。

「本当、こんなところで、こんなタイミングで言うことじゃないな。それに、優花が死んですぐにそっくりな妹と付き合いだしたら、六花ちゃんだってなんて言われるか……」

「わかってる……でも、この機会を逃すと多分もう会えないと思ったから」

「もしかして、双子の力? オカルトっぽいけど」

「そう、かもしれない。私は昔からお姉ちゃんが好きなものが好きになった。玩具もアイドルとか、音楽とかも」

「それと同じ括りで僕が好きになった、と?」

「……うん」

 モテ期というやつか? 僕はそう思いながら姿勢を正した。

「そっか。じゃあ仕方ないな」

「仕方ない?」

「確かに前々から優花に言われてたんだよ。妹は自分と同じものが好きになる傾向があるから、もしかしたらって」

「そうだったの?」

「ああ」

 六花は数歩後退りながら、俯いた。
 優花はそれでよく不安になっていた。僕が六花の事好きになってしまうんじゃなかって。自分より六花を選んでしまうんじゃないかって。そんなの、取り越し苦労だって言うのに……。

「そっか、やっぱりお姉ちゃんには隠し事、できないよね……。あとね、お姉ちゃんが事故にあった日の夜、夢を見たの。お姉ちゃんが何時になく真面目な顔で私と話をしていて。そこで、悠馬君のことお願いって、助けてあげてって」

 僕のことを助けるだって?
 助けるのは僕じゃないだろう。
 そもそも、僕を憎んではいないのか?
 君を守れなかった僕が、なんで君から心配されるんだ?

「悠馬君は悪くないよ。お酒飲んで車運転してたほうが悪い」

「それはそうだけど……僕は……」

 俯いた僕の隣に六花は座った。
 そして、僕の頭を投げながらゆっくり口を開いた。

「守って欲しいなんて一言も言った覚えはないよ。だから、悠馬君は前を向いて未来を生きるべきだよ。だから、六花を私だと思って、これからは六花と付き合えばいいんだよ」

「ゆ……うか?」

 僕は涙を零していた。足元の働き蟻が迷惑そうにそれを避けていた。

「……え?」
 六花も何が起きたかわからないといった顔をした。

「いや……幻でも見たんだろう……優花はさっきも棺の中にいたし、僕は何を考えてるんだ」

「……私は、悠馬君となら幸せになれると思う」

 僕はその言葉に絶句した。あの時、優花が僕に言った言葉。あの特別な言葉を知っているのはきっと僕と優花だけだ。
 それをなんで知っているのか、いや、無意識に出た言葉なんだろうけど、あの言葉を声も容姿もそっくりな六花が言ったことに僕は衝撃を受けた。

「僕は、優花にそう言われて幸せにできなかった。だから、六花ちゃんとその約束は出来ない」

「別に、私は幸せにしてもらおうなんて思ってないから。私が勝手に幸せになるの」

「君は……誰だ?」

「橘六花。橘優花の双子の妹」

「そうか……そう、だよな」

 僕は涙を拭って、六花を見つめた。

「君を、六花を優花の代わりだなんて思わない。僕は、別の人の恋人になるだけだ」

「……いいの?」

「正直決めかねてる。だから、少しの間はお試し期間みたいなのでどうかな」

「私は構わない」

 僕らは仮の恋人同士になった。
 それはまだ7月の頭のこと、優花が死んで3日後の話だった。これからの自分達がどうなるのか、僕らはまだその時は知る由もなかった。


↓↓次のお話↓↓

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