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⑰攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

「どうした? そんな鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして」

そこにいるルシアに疑問しかない。
私もルカも、彼女が消えた瞬間は目にしている。私の中に溶け込んだような現象だって、事実私が感じた違和感もあり認められている。
もしかしたらルカに何かしら危機が迫っているのか?

「ああ、私が現れた理由が知りたいのだろう今回は色々あってな。あ、もちろんルカは無事だ。ただ……」

「ただ、何ですか?」

「未来の私の記憶が変わった。私は未来の自分と共に王都へ帰った記憶がある。だから、未来から私が来る必要があったのだ。もうしばらく、この世界には荒野の魔女が必要らしい」

「どちらかというと、未来を変えたのはルシアさんな気がするけど……」

「そうだルカ。流石だな。荒野の魔女というキャラクターを作ったが故に、元々それが居なかった私の未来が変わっていた。もちろん、既に荒野の魔女は未来に帰っていたが、私の中の記憶と整合性を持たせるためにまたわざわざ膨大な魔力を消費して時超えをして来たわけだ」

つまり、未来で過去を変えたかったルシアが、そもそも荒野の魔女が存在することのない過去にやって来てそう名乗ることで、未来にも荒野の魔女という存在ができたということだ。
そして、未来に戻った時点で、新たにできた荒野の魔女との過去の記憶が追加された。
それに基づいて、ルシアは行動しているということだ。

「私と共に王都へ?」

「そう、そして一発あの頑固親父をぶん殴る」

「未来のエリーに何があったか気になるよ……」

ルシアは未来の私だ。
言葉遣いが変わりすぎじゃないかと思う。

「まあ色々あった、ということだ」

「色々……ですか」

私はルシアの耳元に口を寄せる。

「因みに未来のルカはどのような感じですか?」

「そうだな……簡単に言えば手を焼いている、が適当かな」

「手を焼いている?」

「詳しい事情は言えないが、まあそのうちわかるさ」

そう言うとルシアは食堂のテーブルに座り、ミモザからパンとターンオーバーの目玉焼きを頼む。
何故か従順なミモザに違和感を覚えるが……。
私達も席に着き朝食を食べる。
ミモザは私にもターンオーバーを出したが、目玉焼きはターンオーバーが好きなのは私の頃からずっと変わらないのか。


「私としては、あのまま未来で平和に過ごしていたかったんだがな。まあ平和ではないが」

「どう言うことですか?」

「帝国の進軍の噂は知っているな」

「はい。前から噂レベルでは知ってます」

私も王宮にいて流石にそれくらい耳には嫌でも入る。
その度に、自分の無力さに嫌悪する。
恐らく、常人より強大な力を持ち合わせている筈だが、それを勝手に使うのは禁じられている。
ひっそり文献を調べ、ひっそり練習して何とか魔力の使い方は会得したが、もしそうでなかった場合は、私はどうなっていたのだろうか。
溜め込みすぎた魔力で理性が崩壊していたのだろうか。

「どうやら、私は東の国境付近で起こるグランバレー戦役の勝利の立役者とのことだ」

「そんな出鱈目な……」

「出鱈目ではない!ちゃんと記録に残っていた。正直、私も知らない記憶だが、恐らくこれからそれをするのだろう。だから今回は私も完全に未知なことが起こると言うことだ」

「つまりは、未来が変わる可能性も残っている?」

「ああ、そうだ」

ルシアはミモザが差し出したコーヒーを手に取ると、ジッとミモザを見つめた。

「ミモザなら気づくと思ったが……」

「え、もしかしてまだ砂糖とミルクたっぷりじゃないと飲めないんですか!」

「当たり前だ!そもそも王宮ではロイヤルミルクティーしか飲んだっことなかったんだ。コーヒーは大人の飲み物だからと飲ませてもらえなかった」

「そうよ!いつも私を子ども扱いしますけど、そういう理由がありますのよ!」

私と未来の私二人が一気に物言いをする光景が面白かったのか、ルカはコーヒーを吹きこぼしていた。

「だったら、最初から言ってよね!」

ミモザは少し立腹しながらドンっと勢いよく砂糖の入った陶器の瓶を二人の目の前に置く。

「好きなだけ入れなさい!」

私とルシアは我先にと匙を取り漆黒の液体に砂糖を注ぎ込む。

「絶対体に悪いと思う。だって、良薬口に苦しっていうし」

「でも飲みやすくするのが、人間の知恵だ。なあ、エリー」

「そうですわ。むしろ、美味しくいただくための工夫なんて当然の所作ですわ。コーヒー豆だってこうなるためだけに生まれて来たのではありません。ならばせめて、美味しくいただくのが当然だと私は考えます」

「立派なお考えだこと……」

ミモザは呆れて言葉が出ないのか、その一言を吐き出すとキッチンの方へ戻っていった。

「さすがは同一人物、意見が合うんだな」

「ルカ、むしろ君はおかしい。まだ年端も行かない君がブラックコーヒーを飲んでいるのが不思議で仕方がない。何か特別な訓練を? それともデイビッド氏の教育の賜物か?」

「父さんのコーヒーを何度か飲んで慣れた。それに孤児になってからは、色んなもの食べたから、味覚が人より先に大人になってるのかも」

「例えば?」

「よくわからない木の実。渋くて苦くて不味くて、口に入れた瞬間吐き出した。それを思えばこのコーヒーはフルーティーで飲みやすい」

私は漆黒の苦い液体にそうは思えなかった。

「実体験をベースにした感受性の向上か。確かに、私もこの旅の経験がなければもっと窮屈な価値観になっていただろうな」

私はリアルタイムでその旅を経験している。つまり、この旅は無駄じゃないんだとわかったのが少し嬉しかった。
誰も待っていない王都に変える必要性を探していた。いや、帰らなくてもいい言い訳を探していた昨日の私が少し恥ずかしかった。

「ルシアさんは相変わらず荒野のお家に?」

「いや、戻ったら住まいは王都に、王宮になっていた。なかなか面白かったぞ。色々と間違い探しをしている気分だった。ただ……」

ルシアは少し間を置いて再び話し始める。

「ただ、何より嬉しかったのはルカがいたことだ。最初、成長してて誰かわからなかったが、あれはルカだ。どんな形でも過去の自分が失ったものを取り戻せたんだって」

「少しわかります。私も似たような経験がありますから」

私がそう返すと、ルシアはニヤリとしてこちらを見る。

「私に隠し事ができないことは知ってる?」

「え?」

ルシアは空間転移の魔法で私の隣に座ると肩を引き寄せた。

「ルカにヤキモチ妬いてそう感じたんでしょ?」

「ち、違います。あれはただ、寂しいと言うことを再確認しただけです」

ルシアが耳元で囁いた言葉に少し動揺する私を見て、ルカは不思議そうな顔をしていた。

「とにかく、今日も頑張りましょう!ジェフさん、売上過去最高目指しましょう!」

「ど、どうした急にやる気になって……」

突然話を振られたジェフは驚きながらそう言った。

「そうだ、私もぜひ手伝おう。久しぶりの商売だ、腕がなるな」

ジェフはため息をつきながら紙巻きタバコに火をつけた。

「やる気は結構。だが、商売の邪魔だけはするなよ」

「そうだ。一応傭兵の仕事でもあるんだからな」

「そうだったな。まさか一国の姫を雇う商人がいるとはな」

「仕方ねえだろ!あの二人面倒ごとだけ残してどっか行っちまったんだから」

サイモンとヘイズは戻って来ず、恐らくボスウェルから出て行ったと思われる。
姫殺しに失敗した。その事実だけが、彼らの罪状として残る。

「そういえば、竜人族は大丈夫なのかな」

「あっ!」

ルカがそういうと、ルシアは何かを思い出したように声を上げた。

「そうだ、竜人族の里へ行かないと……」

「今すぐに、ですか?」

「いや急ぎじゃない。ジェフ、王都に行く前に寄っては貰えないだろうか?」

「おいおい、だとすればルートを変えなきゃいけねぇ」

「いや、変える必要はない筈だ」

「何故そう言える」

「まあ、色々さ」

ルシアは何か含んだ言い方をして会話を切った。
少しだけ気まずい空気を破ったのは、外から聞こえた剣戟の音だった。

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