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⑯攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

数日間、私とルカでジェフの身辺警護を担当した。
特にゴロツキなどは近寄ることなく、平和な日々だった。
私が店頭に立つことで、集客率が上がるからと、ジェフは私を店先に立たせていた。
ルカは裏でつまらなさそうに木箱に座り、ボーッと空を眺めていた。
この平和な時間が、ここ暫くの張り詰めた気分を和らげてくれる。
が、そう思ったのも束の間。
ボスウェルの街に滞在してかれこれ五日目。
夕食を終えて酒場に飲みに出る大人と、宿で自分の時間に没頭するもの。私はどう足掻いても後者である。
だが、その日は気が気でない出来事が起こった。

「エリーには内緒だからな」

ルカのその一言が聞こえた事で、私はその日気になって仕方なくなった。
その言葉から察するに、間違いなく誰かに言った事で、その誰かは確認できなかった。
可能性の話をすれば同い年のミモザか、そこらの町娘か。
しかし、女性が苦手と言っていたので、町娘をナンパするなんてことはルカにはできないだろう。
あの日から、ルシアと別れてからは、私の中にあるルカを独占したい欲というものが頻繁に昂る。
これは、非常に困った事である。
それから、誰かと一緒にいないと寂しさでそわそわしてしまうようになった。
以前であればそれが当たり前で平気だったのだが、どうしようもなく、胸の奥が締め付けられるような寂しさに苛まれる。

「ルカを失うと、ずっとこの気持ちと付き合わなければならないと考えれば、ルシアさんは本当にすごい人だな」

私は宿の裏庭にあるデッキに置かれたロッキングチェアに腰掛け、下弦の月を見ながら呟いた。
ルカがいない世界で私はこの街を吹き飛ばし、世界に失望、絶望してついには世界の果ての荒野で一人暮らす日々を送る。
つまらない人生。そりゃ過去に行ってやり直したくもなる。
夜風の心地よさのせいで、私の意識は薄くなっていく。ロッキングチェアが作り出す心地のよい揺さぶりも多少影響している。
ここで眠ってはいけないと、流石に理性が働く。
中へ戻り、二階の客室へ入る。私とミモザは同性同士と言うことで相部屋である。
ミモザは居らず、一人きりの部屋。
閉鎖された空間での孤独には、慣れていない。
というのも、物理的な空間であれば、王宮は十分に広すぎた。
窮屈さを感じさせないが故に、そこに対して反抗する気にもならなかった。
庭も十分な広さで、王宮の外に出る以外の不自由はなかった。

そこでふと、あることを思い出した。
アルマの娘は確かカレンと言ったか。

「どこかで聞いた名前ですわね」

カレンという名前というよりかは、その音に対して聞き覚えがある。

「あれは確か給仕長が言っていたかしら」

思い出せそうで思い出せない。
なんだかんだ、入れ替わりの激しい王宮給仕職だ、エルム王国では男女問わず採用はしているが、給仕長の厳しい試験をクリアしなければならない。
カレンはそれをパスしたという事だろうか。
これは王都に戻ったら確認せねばならない。
こうやって王都に帰る口実、言い訳を私は探していた。
結局、その日は昼間の立ちっぱなしの疲れもあり、そのまますぐ、眠りに就いた。

「エリー朝だぞー」

ミモザが私の耳元でそう言うと私は飛び起きた。

「おはよう……ごさいます」

私は伸びをしながらそう答えた、

「早くしないと朝食全部食べちゃうよ?」

「ミモザはそんなに食いしん坊でしたかしら?」

「私の体型見て言ってるのかなぁ」

ミモザは拳を握り私に向かってくる。
急いで否定し謝罪するも、拒否されて私はミモザに抱き付かれる。

「ほれほれ、ちょうどいいでしょ? 柔らかくて」

「た、確かに何ですのこの落ち着き……」

恐らく、私が感じたのは母性だ。
母の慈愛。私はそれを知らなかった。
……そもそも、私の出生ついて、詳しくは知らない。
ただ、魔導石を持って生まれた程度。
乳母は居たが、産みの母の顔を私は覚えていなかった。
王宮に居たとしても、あまり記憶にない。
そもそも会ったことがあるのかがわからなかった。

「なんだかエリーが子どもみたいね」

「年齢で言えば、この国ではまだ子どもですわ……」

エルム王国の法律では成人は十八歳と定められている。
結婚も成人してからしかできない。
これは今に決まった事でもない。遥か昔の国王、つまり私の先祖が決めた事である。
ミモザの胸元は柔らかい丘が二つ、その間に丁度顔を埋めるいいスペースがある。

「ねえエリー。私ノーマルだからね」

「ノーマル? 何がですの?」

「わ、私は男の子が好きってこと……女の子同士は興味が無いと言うか、こっちから抱きついておきながら説得力ないかもしれないけど、これはあくまで友達同士のスキンシップだからね」

「……そこまで言われると、何か勘繰りたくなりますわね」

私がそう言うと、ミモザは私を引き剥がし、少し乱れた服を整える。

「とにかく、早く着替えて降りてきてね」

「まるで母親みたいですわね」

「同い年だからね!私達」

少し怒りながらミモザは部屋を出て行った。
ネグリジェから昨日ジェフさんに給料の代わりに買ってもらった白のリネンシャツに深いヒスイ色のロングスカートを着て、サイズをバッチリ合わせた革のブーツを履いて、急いで食堂へ向かった。

「エリーなんか気合い入ってるね」

ミモザは私を見るなりニヤけながらそう言った。

「へ、変でしょうか?」

「ううん、似合いすぎててお店に飾ってるのをそのまま持ってきたのかと思った」

さらっとルカが言うと、大人達は驚いていた。

「え、俺変なこと言った?」

「違う違う、男前な事言うなーって感心してたの」

「男前って……」

「その証拠に……ほら、エリーを見てごらん」

私は赤面しまるでイチゴのように赤くなっていた。

『朝から妬けるねぇ。お二人さん』

食堂に入って来た人物に、私は驚きを隠せず固まってしまった。
ルカも同じく、目を見開きその女性の方を見ていた。

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