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⑮攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

朝、目が覚めると少しスッキリした気分だった。
まだ気持ち良さそうに眠るミモザを置いて、私は部屋を出た。
一つ二つ伸びをして、深く呼吸をする。
そうして脳に酸素を、魔導石に魔力を送り込み、目を覚ますのだ。
窓の外には朝日が見える。
空はスッキリと晴れ渡っている。まるで絵の具のような青さと、少しだけ浮かんでいる真っ白な雲のコントラストが清々しい。

「あ、おはよう」

ルカが食堂のテーブルでコーヒーを飲んでいた。
私は向かいの席に座ると、ルカはガラス製のポットに入っている黒い液体をカップに注いでくれた。

「あ、ミルクと砂糖か……」

「ありがとうございます」

私はたっぷりの砂糖とミルクが入ったカフェオレを受け取る。

「これは、あなたが淹れたのですか?」

「ああ。淹れ方は昔父さんに教わった」

「聖騎士というのはなんでもできるんですね」

「なんでもはできないさ。だから、普通に死ぬこともあるし」

ルカはそういうと、少し目を伏せった。

「エリーは? 身体に異変とかない?」

「ええ、気持ちも起きたらスッキリしていました」

「ならよかった。もし、エリーがエリーでなくなってしまったら、どうしようって思っていたからさ」

「心配してくださりましたの?」

「まあ……一応?」

歯切れの悪い返事に私はイタズラっ子ぽく笑ってみせる。

「私がいなくなったらって思ってくれたのは素直に嬉しいです。正直、大人の女性の方が好まれるのかと思っていたので」

「女性が苦手なだけだ……」

「の割には、私の腕を引っ張ったりするんですね」

「あれはだって、そうするしかないじゃないか。じゃないと、言うより易しさ」

「まあ確かにそうですわね」

意地悪なことを言いつつも、私はルカに感謝している。私はついに自由を得られた。不可能と思っていた自由を私はこれから謳歌する。

「そうだ、王都でさ王様が待ってるって」

「……父がですか?」

「ああ。謝りたいだって」

何を今更。当然ながら私はそう思った。
見捨てたような扱いをしていた癖してどの口が言うのだろうか。

「謝る? それはきっと私のためじゃなく、自分のためにでしょうね」

「自分の?」

「ええ、どうせそうです。助けたかったのは山々だったがとか言うんですわ」

私はいつから、ここまで父が嫌いになったのだろう。
これはもしかしたらルシアの影響なのかもしれない。でも、私の本心でもある。だから、否定することも肯定することもない。だって元からそうだったから。

「実は俺とルシアさんで問い詰めたんだ。ルシアさんは正体を明かしてまで問うた。もちろん、建前にも聞こえたけど、やっぱり親は親なんだなって思ったよ」

「親は親?」

「本音と建前。要は外面を気にして意見を変える、言い分を変えるけど、本心は違う。本心はその偽りの言葉というベールに包まれる」

「そのベールは剥いだのが父の本心……」

「国王としての建前。王族の魔導士はロクな事がない。歴史上はそうだ。だけど父親としての本音はもっとそばにいてやりたかった。父親らしいことをしてやりたかった」

「もう、何年も会ってませんが……それほどまで想っているのであれば、何故会いに来るなど行動しなかったのでしょうか」

「それは国王としての建前だろう。だけど、最後の本心は本人に聞かなきゃ絶対にわからない。だからこそ、エリーは王都へ行くべきだ」

父の本音を聞くために王都へ帰る。
だが、それからどうする?
目的もなくまた王宮で籠の中の鳥のような生活をするのだろうか。
それだけは嫌だ。
絶対に嫌。
私に王位継承権があったとしても、それを投げ捨ててでも私は自由を取る。
王は歳の離れた弟になってもらえばいい。まだ幼いが、男の子だ。その言い分は十分に通用する。
名前も肩書きも全部捨ててどこか人里離れたところでルカと二人でこんな時間みたいに過ごせばいいじゃないか。
それって……まるで荒野の魔女のようだ。
皮肉なことだなと、私は一人で微笑んだ。

「どうかした?」

「いえ、将来のことを考えていたら、ルシアさんと全く同じ発想だったんで、血は争えないというかやっぱりルシアさんは私なんだなと」

「確かにそうだよね。未来のエリーなんだから、考えが同じになることもあるよね」

「私としては少し悔しいのですが」

悔しさは自分に対してだ。
まるで世界に負けを認めるように隠居するのは、今の私、エレナ・エルムからすればない選択肢だ。
ルカも生きていれば皆んながいる。
そしてもし次、ルシアが現れたとするならば、やはりそれはルカに何かある時だろう。
つまり、彼女が現れる時は、不吉なことが起こると言うことだ。

「でも、そうだとしても私は私でありたいと思います」

自分の中の決心。
ルシアのような魔法を使えるようになりたいが、ああにはなりたくない。
この時間軸の私はずっと私でありたい。
王都に戻り、ルシアとは違う時間を歩む。
ルシアにできなかったことをたくさんする。
そうすることにより、エリーであり続ける。
立ちこめる湯気にそう誓うと、湯気は空気中に溶けて消えていった。

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