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㉒攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

「ルカ、少しいいか?」

「なんですか? ってめちゃくちゃ酒臭い……」

酔っ払ったルシアは千鳥足で部屋に入ってくる。
恐らく風呂上がりに一杯ひっかけたのだろう。
俺に近づいてくると、つまづいて俺を押し倒すようにベッドに伏せった。

「んん……」

「ね、寝てる」

寝息が首筋に当たるたびに、腹の底が騒ついていた。
そして間が悪いことに、またもノック音が部屋にこだまする。

「失礼致します。そのお話がしたいと思いまして……って、ルカ? これは一体なんですか?」

「違う!エリー助けて……」

「んん……?」

胸元がはだけた状態のルシアが起き上がると、俺は思わず目を逸らした。
しかし、その柔らかい感触が、俺の腕に纏わりついているのを、エリーが引き剥がした。

「これは妹として、兄の貞操を守るための行動です」

エリーはそう言うや否や、平手を打ちをルシアの向かって右の頬に打ち込む。

「……おかげで目が覚めたよエリー。いくら昔の自分だからといって、容赦はできないからな」

「ルシアさん、ちょっと水飲みに行こう。ね?」

「あ、だがエリーに仕返しをしないと……」

俺は無理ありキッチンへとルシアを連れて行った。

「あら……」

長老夫人はすぐに気がつくと水をグラスに注いでくれた。
ルシアはそれを一気に飲み干すと、勢いよくテーブルにグラスを叩きつけた。

「もう絶対お酒、飲まない……」

「ほら、これ飲みなさい」

「何これ……」

「酔い醒ましの漢方薬さ。竜人族によく効くから、人間ならもっと効くだろう」

「うっ……苦い」

夫人がまた空のグラスに水を注いで、それでルシアは薬を流し込んだ。

「……確かに少し気持ち悪いのはマシになったかも」

テーブルに突っ伏しているルシアを介抱していると、エリーもキッチンへとやってきた。
エリーは徐ろにルシアの隣に座ると、背中を摩っていた。

「まるで姉妹だな」

「そうですわね。区別のために名前も変えていますから、未来の自分だって実感はあんまりなく、姉のように感じます」

そのまま寝息を立てているルシアに夫人が毛布を掛ける。

「しばらく起きなかったら部屋に運んであげなさいよ。年寄りはもう眠らないと……」

夫人は大きな欠伸をして、寝室へと戻っていった。

「……ルカはどう思っていますか?」

「何にが?」

「その、私達が兄妹って信じていますか?」

「言われれば何となくって感じ。でもさ、そんなもんじゃない。兄妹だから、双子だから絶対似るわけじゃ無いだろうし、育った環境が違うわけだし、そう思えば、わかりにくくて当然かなって」

「そうですわね……私は、王宮で外に出る以外は不自由なく暮らしていました。でも、ルカや、デイビッドさんにナタルさんは……」

「それは気にしちゃダメだと思う。元から知っていたならまだしも、後から知ったことなんだし事実、エレナ姫は存在するし、今だってそうだ。公に何か言われたわけじゃないだろう?」

「そうですけど、今の私は父を、国王を父と見れる気がしません。元々父親らしいこともされたこともない、そんな人ですからもしかしたら、自分の血を引いていないって知っていたのかもしれない」

「それは本人に聞こう。それで全てわかることだ」

俺は自然にエリーの肩を抱き寄せた。
テーブルの上の燭台に灯る蝋燭の火を二人で眺めながら、そのゆらめく光に嗾けられるように、より深く肩を抱き寄せた。

「……ルカ、その少し気恥ずかしいです」

「言うなよ……それに、兄妹だったらこれくらい当たり前だろ?」

「当たり前……なのですか?」

「さあ」

二人で目を合わせて笑う。
兄妹なんて関係ない。俺は俺だしエリーはエリーだ。
その大切さに変わりはない。揺らぐことのない価値観だ。

「……でも難しいことになりましたね」

「何がだい?」

「私はずっとルカに恋をしていた気がします。気がしますは狡い言い方ですね、恋をしていました」

「いきなりな告白だな……」

「だから、兄妹って言われたら、この気持ちはどうすればいいのだろうって思って……兄が他の女性と仲良くしているのに嫉妬するのは妹らしいのでしょうか?」

「お兄ちゃん大好きな妹は世界中探せばいるさ。兄に恋人ができたら許せない妹だって……」

「ルカは……あまり女性が得意ではないと言ってましたよね? ミモザやリュカ、ルシアさんは平気なんですか?」

「平気っていうか……向こうから距離感詰められたらそうなるかな。そもそも苦手というかどう接すればいいかわからないだけだから」

ルシアが小刻みに揺れている。気分でも悪くなったのかエリーが背中摩るといきなり起き上がって大笑いをあげた。

「いや、いつまで寝たフリをしているか迷ったんだがね。話が面白くて……」

「起きてたならすぐに起きてください!」

「私は兄が好きな妹はありだと思うぞ。実際、私がそうだからな……」

少し表情を曇らせるルシア。

「そのせいでルカは……」

「え、未来で俺何かあったんですか? ってこれは言えないか」

「そう掟だからな。しかしあの薬の効き目、驚いたな。もう酔いも醒めた」

ルシアが大きく伸びをすると、着ていたシャツの胸元のボタンが弾け飛び俺の頬に当たった。

「自慢ですか?」

「違う!今のは不可抗力だ!」

「とにかく、シャツ脱いでください。ボタン付けますから。ちょっと裁縫道具借りてきますね」

「できるのですか?」

「そりゃ自分のは自分で付けろって母さんが……母さん裁縫仕事得意じゃなかったから父さんが代わりにやったり俺がやったりしてた」

俺は長老達の寝室に向かい裁縫道具を借りた。
借りる経緯を説明すると、二人とも大爆笑でだった。竜人族は総じて愉快な人が多い。

「ほら、早くシャツを……って!」

上半身裸のエリーとルシアを見た俺は卒倒しそうになるも、何とか堪えた。

「見ましたか?」

「見たというか、見えた」

「私は何度も見られているからな」

「それは未来の俺にでしょ!今の俺は初見ですから!」

急いでインナーを着るエリーと、シャツを放り投げてくるルシア
そのまま二人に背を向けながら針仕事を始めた。

「ほう、やはり上手いな」

肩に柔らかい感触を覚えたが、それは今は無視だ。

「ふむ、私も覚えるかな。向こうでもルカにやってもらいっぱなしだからな。ちょっとは成長して帰って驚かせるのも悪くない」

「ルシアさん。その無駄に大きい胸をそろそろしまったらどうです?」

エリーはルシアに無理やりインナーを着せようとし、頭にそれを被せた。

「ええい、煩わしい!」

「ちゃんと服を着ないと、風邪をひきますよ!」

「ちょっと二人とも静かにしてくれる? 長老さん達だって寝ているんだから」

『ごめんなさい』

二人はしゅんとしてテーブルに戻った。

「できた」

そう言うと俺は振り返りルシアの方を見た。
そこで見えた光景はこうだ。
インナーシャツの上からルシアがエリーの後ろから胸部を揉みしだいていた。
俺は一つ大きな唾を飲み込んだ。
二人はわかっているのだろうか?
俺が年頃の男だと言うことを。
俺の頭の中で様々な想像が浮かんでは消えを繰り返していた。

「なんだかんだ、牛の乳を飲めばいいとかいうが、何よりこうしてマッサージをして血行促進するのが一番いい。と、教えていたんだ。だって、困るじゃないか。このまま未来に帰ったら、この胸が風船のように萎んでいたら」

ルシアから物凄い子どもじみた言い訳が飛んできた。
これまで威厳のある口調で接してきていたのはキャラ作りだったのか?

「ルカも触ってみるか?」

「イヤです!兄妹なんですから、そんなことは……!」

エリーは兄妹であることを都合よく使い始めた気がする。
いやいや、俺は別にエリーの胸を触りたいわけじゃない。

「エリー、頑張ろうな……」

「なぜそんな憐れみの目で見るんですか?」

「そろそろ休もう。ルカも病み上がりだし……」

「ちょっと二人とも!」

俺とルシアは逃げるように部屋へと帰った。
とはいえ、俺とエリーは同室だったことを忘れていた。
宿というわけではないから、客室の数は限られているためだ。
俺はエリーのベッドに背を向けて眠ろうとした。
エリーのベッドから聞こえる衣の擦れる音が一々さっきの光景を思い出させて、俺はしばらく悶々としながら眠りについた。

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