初恋の相手が義妹になった件。第7話
「あ、美夜子!途中でいなくなったからびっくりしたよ」
陽菜さんが大きく手を振って外で迎えてくれた。
「あれ、悠人君と一緒?」
「ああ……なんか動けなくなってるの見つけたんです」
「あ、あんまりそのこと言わないで……」
美夜子さんは僕のシャツを強く引っ張りながら、そう言った。
僕は辺りを見渡してみたが、そこに百花の姿が何ことを確認した。
「あれ、百花は?」
「百花ちゃんは見かけてないけど……もしかしてまだ中にいるんじゃない?」
僕は係員の人に確認すると、出口から逆走はできないとのことなので、僕はまた入り口から入って百花を探した。
「百花!」
二人の男に絡まれてる百花を見つけて、僕は駆け寄った。
「なんだ、彼氏持ち? 彼氏君はビビって先に逃げっちゃったわけ?」
「は? あんたら頭悪いだろ。怖かったらなんで戻ってくるんだよ」
「ああ? さっきはなんだかわからねえのに邪魔されたが、今度は雑魚そうな男だからなぁ」
僕は掴まれた襟元の手を軽く捻って締め上げる。
「お生憎、そのわけわからないのとは昔からの馴染みなんですよね」
男達は逃げるようにその場を去っていくと、途中の脅かしポイントで悲鳴を上げていた。
「ごめん百花。さ、行こう」
「え……」
僕は百花の手を握りしめ引っ張った。
そのまま一気に出口まで行くと、美夜子さんがさっきの二人組を締め上げていた。
「……美夜子さん?」
「あ、二人とも、出てきたね。こいつら懲りずに百花ちゃんに絡んでたんだってね」
「はい……」
「警備の人に突き出してくる」
そう言ってそのまま美夜子さんはセキュリティに二人を持っていった。
「災難だったね」
「はい……私の何がいいのやら」
「そりゃ、可愛いところでしょ」
僕は百花と陽菜さんを見比べていたが、あんまりピンと来なかった。
「でも、悠人君かっこいいところあるじゃん」
「え、いや別に……それこそ美夜子さんに昔習ったやつを使っただけですよ」
「でも大したもんだよ。自分より大柄な男相手に技を決められたんだから」
戻ってきた美夜子さんはそう言って僕に賛辞を送ると、僕の頭を撫でた。
僕はそれに少し照れを見せると、百花がそれを見てクスクス笑っていた。
それからいくつかのアトラクションを一緒に回り、お昼を食べると、二人はもう帰ると言ったので出口まで見送った。
「なんか不思議な時間だったね」
「うん。芸能人と遊んでたんだよな? でも咲洲陽菜って芸能人って感じしなかったな……普通のお姉さんって感じで」
「美夜子さんも優しいし、あの二人、なんかいいね」
僕らは二人の感想を述べてまだ回ってないアトラクションへ向かった。
「観覧車か……」
「高いところ苦手?」
僕は首を横に振る。
ただ観覧車といえば、完全に密室になるなと思って、そのゴンドラの中では不思議な気分になりそうで、そっちの方が怖かった。
自分達の番になり、乗り込んで座る。そんな当たり前のことに、僕だけが緊張してた。
向かい合わせになり、前を見ると百花がいて、横を見ると段々とファンタジーアイランドが小さく見える。
「……ねえ、なんか話してよ」
「え?」
「緊張するじゃん。二人きりだし」
百花もこちらを見ない。傾き始めた太陽が僕らを照らす。
僕は太陽を見つめて目が眩み、その時見せた百花の表情はわからなかったが、前のめりになった百花の肩を抱いた。
唇と唇が重なった瞬間に、僕らの関係はきっとそれ以前と違うものになったと思う。
いや、これは僕が勝手に思ってるだけかもしれないが、まだ眩んだ目に、百花の蕩けた顔だけはハッキリと映っていた。
二人を包み込む沈黙が、キスの余韻。
下降するゴンドラに、まだ降りないでとせがむ気持ち。
眩んだ目が戻る頃には百花は平静を装い、僕は浮き足立つ心をなんとか抑えていた。
係員さんは恐らく笑っていただろう。例えばそれが陽菜さんなら間違えなく笑っていた。
僕は一言も言葉を発さない百花の後ろを歩く。
だけど、影から伝わるものがなんだか嬉しかった。
間違いなく照れている。それだけは伝わる。
二人言葉交わさず、そのまま帰路に着いた。帰りの電車では自然に手を繋いで座っていた。
どこからか視線を感じたが、それが誰のものであろうが、僕の目線は百花を捉えていた。
眠る百花がまるで御伽話の眠り姫のようで、僕はキスをしなければ、彼女を目覚ませることができないのではないかと思ってしまう。
乗り換えの駅に着くと、百花を揺すって起こしてそのまま手を繋いで乗り換えの電車へ向かう。
「ご馳走様」
その一言を後ろから言われて振り向く。
「帰ったふりとか、性格悪いですね」
「陽菜は昔から性格悪いから」
僕らは二人にずっと見られていたわけで、それに気付いたのは観覧車を降りた頃だった。
「お二人もこっちなんですね」
「えへへ、そうなんだよね」
「あんまりはしゃがないの。バレちゃうでしょ」
美夜子さんが陽菜さんを抑え込む。時折、二人が同い年なのを忘れそうになる。まるで姉と妹のようだ。
ただ、少ないとは言え、何人かの乗客は二人を見てヒソヒソ話をしている。
そして一人の女性がこちらに歩いてくる。
「陽菜ちゃん、美夜子ちゃん、久しぶりやなぁ成人式以来かなぁ」
「紗季!久しぶりー。元気してた?」
「うん。クラスのみんなも元気やで。さゆちゃんなんか昨日弾丸で熱海に温泉行ってきたってくらい」
どうやら二人の同級生らしい。落ち着いた雰囲気の女性だったが、左手の薬指には指輪が嵌められており、既婚者のようだった。
「うちもなぁ、ほんまは色んなとこ行きたいねんけどなぁ」
「あー健斗君、忙しそうだもんねぇ」
僕らはぽかんとしながらその光景を眺めていた。
百花はすっかり目が覚めていたようで、改めて咲洲ひなが目の前にいることに驚いていた。
「あ、この二人、今日一緒に回ってくれた子達なの。めちゃくちゃ偶然で、この前、QGの前の信号で一緒に信号待ちしていた子達なんだ。それから、この前着てた制服からして多分私達の後輩だと思うんだけど……二人とも西高だよね?」
「はい、そうです」
百花がそう答えると。陽菜さんは「やっぱりね」と答えた。
「あ、初めまして。うち、鯖江紗季です」
「えっと、澤田悠人です。あとこっちが百花です」
「え、兄妹なん?」
「連れ子同士なんで義理のですけど……」
「そうなんや。あ、そろそろ揺れるとこやな」
紗季さんはそう言ってから、席に座った。
「そういえば二人にはまだ言ってなかったな。子供できてん。今六ヶ月目」
「え!なんで言ってくれなかったの!」
「だってそもそも、健斗が世間に公表するのは生まれてからがええって言うし、うちもさゆちゃんとか親くらいにしか言ってないねん」
僕らは疑問に思った。そこまで隠す必要がないように思うのだが……。
「大人気俳優だもんね。結婚でさえ大騒ぎだったし」
「鯖江……健斗ってあの鯖江健斗っ?」
「せやで。うちの旦那さんや」
僕はビックリして目が点になっていた。なんせ、そんなビッグネームが出るとは思っていなかったからだ。
「健斗君は私達も同じクラスだったからね」
「……すごいクラスですね。咲洲ひなに鯖江健斗って。僕らなんか一般人しかいないですよ」
「普通はそんなもん」
美夜子さんは呆れながらそう言った。
「そうそう。なんで同世代の人気者が二人もおるんやって、転校初日に思ったけど、二人とも別に普通の人やったしなぁ」
「でもまさか、結婚まで行くとは思ってなかったよ」
「陽菜ちゃんがええカムフラージュやったわ」
「ああ……なんか色々迷惑かけられた気がする」
陽菜さんが項垂れると、電車は目的の駅へ着いた。
「じゃあ、うちはお母さんに迎えに来てもろてるから」
紗季さんはそう言ってロータリーとは反対の方向へ歩いて行った。
「じゃあ僕らもこの辺で……」
「いいよ。家まで送ってくよ?」
陽菜さんは昔風に、指で車のキーを回しながらそう誘ってくれた。
「運転するのは私だから」
美夜子さんがそう言って、キーを奪った。
僕らは駅近くの駐車場に停めてある、深緑色のミニクーパーに乗り込んだ。
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