夏の思い出は未来の歌声

 夏休み真っ只中のある日。中学生の私は、高校生の兄と一緒にカラオケに行くことになった。姉と父と母は忙しいため、私たち二人だけで行く予定だった。
前日の夜に準備を済ませ、とっとと布団へ入った。明日、熱唱して盛り上がるのを想像し、ワクワクしながら眠りにつく。私と兄が眠りについた後、母は夜勤へ出かけた。

 ところが翌朝。真夏にも関わらず、目が覚めると、寒気と気だるさを感じた。寒さのあまり、元々着ていた寝巻きに冬物の寝巻きを重ね、自室の冷房を消した。別の部屋で寝ていた兄は、私の異変に気づかなかった。

「様子が変よ。熱、測ってみて」

 夜勤から帰ってきた母は私の様子を見て、ようやく異変に気づく。私のおでこを触って熱いという。母は体温を測らせるが、結果はなんと、三十八度台だった。
 突然の高熱のため、今日のカラオケは中止になった。

「こんな時に邪魔が入るなんて」

 悔しい気分だったが、仕方なく今日は家で大人しく寝ることになった。夜勤で疲れた母は私の世話を兄に任せ、さっさと風呂を済ませ寝床に入った。兄は水分補給用のスポーツドリンクと保冷剤を私の元へ運んだ。

「調子はどう」
「熱がある以外は、大丈夫」

 私ははきはきと返したが、体温計の数値は先程よりも一度上がっていた。

「自分のことは自分でできるようだね。しばらくしたらまた測ってみて」

 兄は私に体温計を渡し、自分の部屋へ戻っていった。

 私はスポーツドリンクを飲んだ後、眠った。午後一時から二時ごろに起き、兄から渡された体温計で熱を測る。熱はまだ三十八度台だ。それにまだ怠い。ちょうどその時、再び兄が私の元へ来る。科学の図鑑をはじめ、私の好きな本をたくさん持ってきてくれたのだ。

「せっかくの機会だから勉強しておこうと部屋に戻ったんだけど、そういえば本棚にお前の好きそうな本がいっぱいあって、読ませてあげようと思ったんだ。熱が治ったら、カラオケ行こうね」

 兄はそういって、しばらく一緒に本を読んでくれた。

 高熱でしんどい気持ちと早くカラオケで歌いたい気持ちとで、今までは早く過ぎていた時間が、この三日間は異様に長く感じられた。
 高熱は苦しいが、いつか治ったらカラオケに行きたい。楽しみがあれば、高熱なんかに負けたくないと思うし、きっと乗り越えられると思った。

 二日目、熱こそ三十七度にまで下がっていたが、今度は頭痛が起こるようになった。身体を起こすとひどくなるが、ターバンをつけると少しだけ痛みを抑えられた。
 やはり、三十七度以上では入店を断られるので、今日も布団の上で本を読んで大人しく過ごした。

 三日目も同じだった。その午後四時にようやく三十六度台にまで下がり、頭痛も徐々に頻度が減った。
 私は一人で眠りながら想像した。好きな曲を元気に歌い、盛り上がる自分の姿を。

 四日目の夜、熱と頭痛は完全に治り、いつも通りに戻った。
 そして、いいお知らせがあった。

 地方で学ぶ大学生の姉が二日後に、出張していた父が三日後に帰ってきて、夜勤の母が五日後に休みを取るのだという。
 私は発熱に感謝した。予定が延びたことで、大好きな家族全員でカラオケに行けるようになったからだ。

 熱が治って五日後、私たち家族はカラオケに行き、一日中楽しく歌った。
とても楽しい夏の思い出だった。

おわり

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