リンクルネットの糸

◆祖母のお話

 五歳の女の子・アイは川で溺れかけたが、一人の若者に助けられる。後日、その若者・アールは表彰を受け、讃えられた。

 それから約三ヶ月後。アイは祖母から、約百年間にも渡る壮大な物語を聞かされるのだった。

◆約百年前

 今から約百年前は、戦争の時代。多くの男たちが兵士として戦った。ブラックという、一人の男も例外ではなかった。

 仲間たちが次々死んでいく中、唯一ブラックだけは助かった。一番親しかった青年が、ブラックを自ら庇って犠牲になったからだ。他の人を助けられなかったのに、自分だけ助かってしまった。ブラックは自責の念に苛まれながらも、何とか戦乱から生き延びた。やがて彼は家庭を持ち、子供を六人もうけた。うち一人が女で、他は全員男だった。

◆約七十年前

 その息子たち五人も大きくなると、父親同様に戦争へ行かなければいけなくなった。一方、残った一人娘・ホワイトの方も、医者になることを目指し勉学に励んでいた。しかし女性というだけで、周りから見下ろされたり馬鹿にされたりと、数多くの壁にぶち当たった。それでもホワイトは「男も女も楽になれる時代が来れば」と願い、誰かの命を救うために、日夜問わず一生懸命勉強した。

◆約六十年前

 長年積み重ねてきた努力が実を結び、ホワイトは無事、医者になった。そこでしばらく産婦人科で働いていたが、ある時、難産の妊婦が訪ねてきた。このままでは母子共に危ない状態だった。しかし、ホワイトの賢明な判断で、妊婦は無事に赤ちゃんを出産した。

◆約四十年前

 やがてその赤ちゃん・ブルーは成長して学校に通うようになった。ブルーは学校で、ブラウンという同級生と友達になった。ブラウンの夢は医者になることだった。しかし家は貧乏なので彼はアルバイトで学費を稼いでいたが、それでも充分に勉強できるほどの余裕がなかった。そこで、友人たちはブラウンのためにそれぞれお金を出し合った。特に、ブルーは友人たちの中で一番多くお金を出した。ブルーは出生時に婦人科医に助けられた過去から、ブラウンの夢を応援したいと思ったのだ。ブルーたちの支えもあり、ブラウンも医者になることができた。

◆約三十年前

 別の街で、幼い頃から難病に苦しむ女性がいた。それも、命を落とすかもしれないほどの重いものだった。そこで両親はブラウン医師に連絡を取り、治療をお願いした。結果、その女性は歳をとった現在も健康に生活しているという。

◆約十五年前

 その女性はアールという子供を授かっていた。アールは五歳だった頃、誰よりも気弱で泣き虫な少年だった。そんな弱かった少年を誰よりも愛し、肯定したのが同じく弱かった母親だった。母の愛を受けたお陰で、アールは今、誰よりも勇敢で愛ある若者へ成長した。

◆再び現在へ

 アール、と聞いてアイは祖母に質問した。

「アールって、あのお兄さんのこと?」
「そうだよ。アールさんもその母親も昔は子供だったんだよ」

 アイはしばらく頭の中を整理した。

「つまり、ブラックさんが戦争から帰らなかったら、ホワイトさんは生まれなくて、ブルーさんも生まれなくて、ブラウンさんも夢を諦めて、アールさんのお母さんも助からなくて、アールさんも生まれてこなくて、私も……」
「おお、よくわかっているね」
「でも、おばあちゃん。この百年間にこんなことが起きていたって、どうしてわかるの?」
「それはね。インターネットや人間関係で色々な人と出会っていくうちに、日々色々な情報が入ってくるの。それを組み立てることで、百年間にこんなことがあったって、わかったの」
「インターネットって何?」
「世界中のコンピュータとコンピュータ同士を繋ぐ、糸のようなものだよ。人間だって、お互い糸のようなもので結ばれている。これを人間関係と言う。インターネットと人間関係、二つの糸を通して情報を手に入れたの」
「コンピュータはインターネット、人間は人間関係で結ばれている……」
「例えば、ブラックとホワイトについてはインターネットの百科事典に載っている有名医師ホワイトについての記事から、アールさんの母とブルーさんについてはブラウンさんの話から情報を得たよ。実は、ブラウンさんは私の同級生で、今でもたまに話をすることもあるよ」
「えっ、それは意外だな」

最後に祖母は言った。

「世界はバラバラのように見えるけど、全部繋がっている。それらを繋げる糸が見えないだけ。だからアイちゃん、これからも元気にしていてね」
「うん、わかった」

 五歳の女の子・アイもまた、誰かを助けていくのだろう。

おわり

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