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サンタの正体に気付いたことを、17歳まで秘密にしていた

高校2年の夏休み、地理の宿題に、好きな国を1つ選んで文化について調べるというレポート課題が出た。
ひとまず情報収集のために本屋さんに行き、観光ガイドを見ようとしていたら、つい表紙に惹かれてこの本に手が伸びた。

ページをめくると、そこにはキラキラした本場ドイツのクリスマスマーケットの様子がこれでもかと詰め込まれていた。
夜空に煌めく電飾の美しさもさることながら、日本ではあまり見かけないようなかわいらしいオーナメントや、写真からでも香りが漂ってきそうなほどに美味しそうなグルメの写真の数々に観ているだけでわくわくして、時間を忘れて立ち読みしていたような記憶がある。

どうせやらなきゃいけない課題なら楽しくやりたいと思い、心ときめくままにその本を購入。
レポートの題材は“ドイツのクリスマスマーケット”に即決だった。

レポートは我ながら傑作だった。
夏休みが終わってすらいないのに、「早く誰かに見せたい!」という衝動が抑えきれず、母に見せた。

ここで、問題が発生した。
レポートに、明らかにサンタの正体を知っている人にしか書けないコラムを載せてしまっていたのだ。

私がサンタの正体に気付いていながらも、なぜそれを両親に秘密にしていたかって、気付かれてしまったらクリスマスプレゼントをもらえなくなると思っていたからである。
実にずる賢い。

「翠雨、いつから気付いていたの?」

母は大笑いしながら私に言った。
正直、もはや私はいつ気付いたのかさえ覚えていなかった。
ごく自然に、普通に生きていたらいつの間にか知っていて、おそらくそれは明確なタイミングがあったわけではなく、薄々感づいて、だんだん確信に近づいて、気付いたら事実として記憶していたのだと思う。

反対に、私がサンタの正体に気付いていたことが17歳になるまで母にバレていなかったということの方が衝撃だった。
流石に高校生ともなれば世間一般的に考えてもほとんどの人が気付いているだろうし、私がそれほどまでにピュアで純粋で幼い17歳でないことは母が一番よく知っているはずである。

でも、うちのサンタはすごい。
幼い頃から、何一つとして矛盾“は”ない巧妙な設定を貫いていた。

サンタクロース本部というのがフィンランドにあって、下請けのサンタが世界各地の支店にいて、うちにはこの地域の管轄のサンタがやって来るのだと、そう説明されていた。
ここまではすごく現実的なのに、「でもうちは煙突ないよ?どうやって入るの?」と聞いたピュアで真っ直ぐな幼稚園生の私に「ベランダの鍵を開けておこうね」と母は言った。
不法侵入である。

なかなかに非現実的な設定を、納得がいかないながらもその場凌ぎで理解した私は、その後もずる賢くクリスマスを生き抜いてきたわけだが、忘れもしない2013年。13歳のクリスマスに事件が起こる。

枕元に置かれていたプレゼントが、嵐のアルバム『LOVE』と、おそらく予算が余ったのであろう商品券だったのである。
現金でないだけまだマシではあるが、商品券は流石の私も笑いを堪えられなかった。
それでもうちのサンタはバレていないと信じ切っていたのだから驚きだ。

とはいえ、騙されている演技を17歳まで続けていた私は、ある意味サンタ孝行だったのかもしれないな。

その年のクリスマスから、案の定プレゼントはもらえなくなった。
代わりに、現金になった。
夢こそないけれど、それはそれで嬉しかった。

そんな私も、来る4月には社会人。
いつか、誰かのサンタになるとき、どんな私になっているのだろうか。

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