ゆらゆら帝国⑥「ゆらゆら帝国のしびれ」
アルバムについて
所持:済
好き度:★★★
前作「ゆらゆら帝国 III」から2年後の2003年に発売されたアルバムで、「ゆらゆら帝国のめまい」と同時発売された作品である。
そのため、めまいとはジャケットやCDデザイン、収録内容全てが対となっている。これら二枚のアルバムは同時期に制作された曲をテーマに合わせて振り分けたとされており、今作はバンドサウンドにとらわれずにリズムマシンの導入や一定フレーズの反復など、かなり実験的な作風となっている。
曲ごとの感想
01.ハラペコのガキの歌
一曲目からいきなりバンドサウンドから逸脱したアレンジが施されており、リズムマシンによるチープなドラムを下地に展開される。それだけじゃなく、ギターやベースすらもほとんど入っていないというかなり攻めた編曲がされている。
何やら不機嫌そうな人たちを「ハラペコのガキ」と比喩する辛辣な歌詞は、サウンドの無機質さと合わせて、聴く人を疎外するかのような冷たさを感じさせる。後半の「何喜んでるんだ 何悲しんでるんだ」とリフレインする後半はもはや詰められているかのような苦しさすらある。
02.時間
前曲のアウトロが続いている中ぶつ切りするが如く始まる。
この曲ではようやくバンドサウンドになるのだがかつてのようなテンションの高さはなく、淡々とした無機質な演奏が展開される。一方でベースは曲調に反して意外とノリの良いフレーズを弾いているのが面白い。
この曲は何しろ歌詞が秀逸で、「時間が移動する 時間が逃げてゆく」から始まる時間という概念を擬人化して展開される。時間に追われる現代人に対する皮肉ともとれるメッセージ性の強い歌詞が、抑揚を意図的に抑えたような平坦な演奏に乗ることで生々しいまでに沁み渡ってくる。
2回ある間奏ではそれぞれ坂本さんと、女性の声による語りが挿入されているがこれがとんでもなく怖い。坂本さんの語りは朗読とも言えるような語り方で、その距離感の近さがまるで脳内に直接語り掛けられているような気持ち悪さを感じさせる。
2回目では同じ語りをゲストの女性が読むのだが、こちらも温度を感じられない無機質さが不気味である。
03.侵入
前曲に引き続き、更に無機質な8ビートのドラムから始まる。
隙間があまりにも多い演奏がとても不気味で、ギターもほとんどおらず、このテンションのまま曲が展開される。
この曲も非常にメッセージ性の高い歌詞となっていて、テレビやラジオなどのメディアからの情報を一方的に鵜呑みにしてしまう人々に対しての警鐘ともとれる歌詞になっている。それらのメディアの情報をひたすらに受け入れてしまう状態を「侵入」と、情報を信じてしまう事を「わけなく奴ら不戦勝だろ」と表現することでより恐ろしさが伝わってくる。
曲が進むにつれて狂気的なアレンジになっていく所も凄くて、間奏が終わった途端、いきなり坂本さんのボーカルと多重コーラスだけになる部分なんかは、完全に「奴ら」に侵入されてしまったかのような絶望感や恐怖すら感じてしまう。後半のドラムのビートがディレイによってずれていくミックスも、どんどんこちらが正気ではなくなっていくかのようである。
一人称視点でじわじわと侵入されていく体験をしているかのような、サウンドメイクが非常に恐ろしい曲である。
04.誰だっけ?
ミックスが特殊な曲で、シングル「ラメのパンタロンetc」のカップリング曲のように意図的にバスドラだけ残されたドラムに、機械のノイズのようなペラペラのギターが乗っかっているミックス。
まるで自分が誰だか分からなくなってしまったかのような気味の悪い内容を、シュールな言い回しで歌っている。途中のイェイェイェ!と叫ぶ部分も「家家家!」と歌っているのが歌詞カードでわかるのが面白い。
ちなみにこの曲はライブアルバム「な・ま・し・び・れ・な・ま・め・ま・い」にライブ版も収録されているが、ダークなガレージパンク的なアレンジになっていて非常にかっこいい。ライブ版のアレンジで大きく化ける曲が多いのもゆら帝の良さである。
05.傷だらけのギター
5曲目にしてようやく今までのゆら帝らしいアッパーなロックサウンドの曲。初聴でシンプルにかっこいいと感じられる曲を中盤になってようやく登場するのも今作のいじわるな部分である。
今までのゆら帝らしいとはいいつつもこちらもかなりひねくれた演奏になっており、ギターリフを中心に変拍子で展開される。その為、聴いているとどこが拍子の頭なのかわからなくなっていく一筋縄ではいかない曲になっている。それでもメインのギターリフや展開はシンプルでかっこいいので今作の中では比較的とっつきやすい部類に入る。
06.夜行性の生き物3匹
まるで三味線のようなキャッチーなギターリフに阿波踊りのようなリズムで展開される曲で、アルバム発売以降頻繁に盛り上げ用の曲としてライブでは定番のナンバーでもある人気曲。ここに来て坂本さんのギターのシンボルとも言える暴れまわるファズギターのソロがやっと聴けるなど、こちらもシンプルにかっこいいバンドサウンドが聴ける。
アルバム曲であるにも関わらずMVが制作されており、知名度がかなり高い曲。というのもMVの内容が、曲に合わせて白い空間に3人のひょっとこが阿波踊りをひたすら踊るという奇抜なもので、そのインパクトの高さから知名度や評価が高い。曲調がなんとなく近いというだけで阿波踊りをするだけのMVにするというアイデアが素晴らしい。さしずめ「夜行性の生き物3匹」というのがこのひょっとこ達なんだろうかとこじつけができなくもない。
ちなみに曲中では「3分間のこの曲が最先端の君の感性を錆びつかせる」という歌っているが、曲の演奏時間は3分を超えており、むしろ4分に近い時間となっている。
07.貫通 [Album Version]
前年に「冷たいギフト」と両A面で発売されたシングルのアルバムバージョン。
ガレージロックな演奏だったシングル版と違いアルバムの作風に合わせてかドラムが打ち込みになりバンド感が薄れた無機質なサウンドになっている。それによって反復するギターのリフがより強調されてクラウトロックのような印象を受ける。
そして、シングル版の特徴だったつんざくような轟音の間奏はごっそりとなくなり、ポコポコとなるパーカッションのような謎の音が鳴り続けるという奇妙なアレンジになっている。耳に優しくはなったものの怖さは増した。
08.機械によるイジメ
正体不明の楽器によるフレーズの反復を中心に機械音がコラージュされているインスト曲。ドラムの演奏こそ入っているものの、バンドサウンド感は薄く環境音楽のような、聞き流すような聴き方になってしまう。
ドラムのリズムに対してメインフレーズがだんだんずれていく気持ち悪さも聴きどころ。
09.無い!!
前曲から音が繋がるように連続して始まる曲で、特徴的なリフを中心に延々と反復していくNeu!などクラウトロックの影響を感じさせる曲。(実際タイトルもNeu(ノイ)!のもじりで、曲調は同アーティストのHallogalloからの影響を感じさせる)
これまでのアルバム曲のように一定の温度感で展開する無機質な演奏ながらも、何故だかこの曲は少しポジティブな、希望を感じさせるようなかすかな明るさを感じられる。感覚的には暗く、とても長いトンネルをくぐっているときようやく光の筋が見えてきたような安心に近いか。
名フレーズ「最終回の再放送は無い!!」という歌詞もシンプルながら力強く、どこかノスタルジックも感じられて印象的なフレーズだ。
まとめ
ラメのパンタロンのカップリング曲のミックス作業がきっかけとなり、今作及び「めまい」ではバンドサウンドにとらわれない実験的なアレンジや演奏が行われた。
今作の方ではとにかく肉体的な演奏からの脱却を感じさせられる異様なまでのソリッドな音の追及がされている。ドラムはひたすら単調なビートを叩き、曲によってはドラムすらなくなりチープなリズムマシンに置き換わったり、ギターも従来までのロック然とした歪みや演奏はなくなり、クリーントーンで機械的なフレーズを弾くなど徹底的に温かみを排除しようとしているかのような演奏が行われる。
このような金属質のような冷たい空気の中で「時間」などで差し込まれる女性のコーラスやナレーションは、「III」ではポップな側面として活躍していたのに今作では不気味さに一層の拍車をかけている。
今作から感じられる「冷たさ」はサウンドだけではなく歌詞も効果的に雰囲気を作っている。前半3曲は特にその傾向が強く、辛辣でメッセージ性の強い歌詞は聴く人の脳に、じわじわと直接的に触ってくるかのようである。
これまでのゆら帝の曲は「妖精」や「悪魔」など、御伽噺のようなファンタジーなモチーフが登場していたのに比べると、かなり現実的なテーマに接近しているのも比較してみると面白いと思う。
これまでのゆら帝が持っていたガレージサイケを感じさせる演奏や強いギターの歪みなどの、サウンド面での「攻撃性」が、「無機質なサウンド」と「痛烈な歌詞」へと別方向で変化を遂げた、中期の傑作である。
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