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サイケアルバム探訪③ 山本精一&Phew/幸福のすみか

アルバムについて

ボアダムス、想い出波止場、羅針盤、ROVOなど様々なバンドを転々として活動してきた山本精一と、70年代末にAunt Sallyというポストパンクバンドのボーカルとして活動し始め、その後もソロで海外のシーンでも活動していたPhewによるデュオで制作されたアルバム。

今作の誕生の経緯はアルバム付属のライナーにも記されているが、この両者が参加した「NOVO-TONO」というユニットでのレコーディングをきっかけにもっとシンプルな歌を作りたくなったというのがきっかけ。
事実、今作のアレンジは楽器の音数は少なくシンプルなものとなっていて、作詞はPhew、作曲は山本と完全な分業で制作された。特にPhew作詞による退廃的で暗さも帯びた歌詞が特徴的。山本精一による作曲も、今作の前年に1stアルバムを出した歌ものをメインとしたバンド「羅針盤」からの地続きが見えて、両者の良さが最大限に活かされた名作である。

曲ごとの感想

01. 鼻

Phewボーカルの曲。
シンプルなギターのフレーズから始まる明るい曲調のナンバーだが、歌詞はあまり明るさを感じられないためか、独特なノリで進んでいく。全てに無気力になってしまったようなやるせない感じがとても悲しい。
そこで出た決意が「見つめず薄目で鼻を見る」ということだが、一見シュールだがそこには言い換えられた何か強いすら感じさせる。

02.とぶひと

続いてこちらもPhewボーカル。
「飛ぶ人はおちる」という出だしでいきなり呆気にとられる。
「おちるひとはさらにおちる さらにおちていつか沈む」とそこから続いていく救いようのない暗い歌詞が、これまた明るい曲調とのギャップでより切なく聞こえる。「いいことがあっても必ずその後はしわ寄せがくる」と解釈するべきか…。

後半ではそれならここから逃げ出そうとして逃げていく展開になるが、それもまた先に希望を感じられない。
人生のサイクルを端的に、冷めた目で表したような歌詞がとても好きな名曲だ。

03. まさおの夢

山本ボーカル曲。
「まさお」という一人の人間について、コミカルな歌詞を交えながら歌っていく内容。

くまさんのこどもはこぐま まさおのこどもはこまさお

まさおは夢見るこまさお国を

など、可愛らしいながらもナンセンスな名フレーズが多数登場する。そのため明るめな内容にも感じるが、「うまれた時から死人のまさお」という不穏なフレーズや、何か悲しい結末を孕んでいるかのような最後の歌詞がとても意味深で、やはりどうにも良い意味で煮え切らない。

04. ロボット

Phewボーカルの曲で、それぞれ低い声と高い声で歌っているのが印象的。Phewの歌声の表現の幅広さをわかりやすく感じられる。
こちらも可愛らしさとシュールさが合わさった歌詞がとても童謡らしさを感じさせる。

05. バケツの歌

山本ボーカル。
日々の日常に失望した主人公を歌った悲し気な曲。

鉄はさびるガラスは割れる 花は枯れるひとはこわれる
ゼロに向かって高まる旋律 くらがりの朝に死人がはびこる

といった歌詞が特に好きで、どんなものもいつかは終わってしまう儚さを強く感じる。その他、いたるところに死を感じさせるフレーズが登場するためどこか不穏な雰囲気を持っている。タイトルにもなっているバケツが何の象徴として曲に登場するのかが非常に考えさせられる。

06. そのうち

Phewボーカル。フレーズの反復が中心のシンプルな演奏だが、だんだんとうろこが生えてくるという極めてナンセンスな歌詞が特徴的。
一定した歌い方と、後半になるにつれて「うろこ」という単語が連呼される展開はだんだんとうろこが生えて体中が埋め尽くされていく様を表しているようでちょっとした恐ろしさも感じる。

07. そら

山本ボーカル。
タイトルの通り空について歌っている曲。
今作の中ではあまり暗い要素がない傾向の歌詞だが、「なにも包み込まず なにも投げ出さず」というあたりのフレーズは、本作の一定して冷めたような視点から歌われる内容の曲たちとの共通点が見える。そうした空という概念の良くも悪くも一定した側面に注目している感じが良い。

08.幸福のすみか

ラストにしてタイトル曲となるが、最初はどこか暗さも感じるシンプルなギターのフレーズから始まる。
前半は、このシンプルなギターの伴奏を中心に進んでいくのでとても暗く閉塞的な雰囲気を帯びている。歌詞もとてもタイトルからは想像がつかない閉塞感がある。「幸福のすみか」とはこの場所のことを指しているのだろうか…。

ここはせまく壁にとざされている けわしい世界もここで切り離されている
ここはくらく指が白くひかる場所
水底のような親し気でやわらかな闇

中盤の「わたしは自由だ」のあたりではメロディが変わり、少し光が差してきたかのような希望を感じられる雰囲気になるところが凄く好き。自分の今いる場所を幸福と思うかどうかは結局自分自身にあるのだと言われているようにも感じる。

とにかく歌詞の情景描写が凄く、Phewの冷めた歌声も相まって聴いていると暗く寒い土地にぽつんとたたずんでいるかのような気分にもなる。シンプルなようでいて、歌詞の展開に合わせて細かに表情が変わっていく演奏も素晴らしい。

まとめ

今作に収録された曲は、上記の経緯からくるものもあり、全てシンプルな演奏で展開されていく。Phewと山本二名のボーカルも優しい歌い方ではあるものの、いつにも増して冷めているような、無機質な平坦さを感じる歌い方で、素朴で温かみがあるように見えて冷たさも感じる。

歌詞に関しても、突き放したような、シュールで冷めた内容が多く印象的なフレーズも沢山ある。今作の前曲の作詞をしたPhewは、本作のコンセプトを「ロボットフォーク」だと言ったそうで、そう言われるとなんとなくではあるが確かに今作の雰囲気を端的に表している。シンプルな演奏と、二人の温かくも冷たさもあるボーカルによって、ダイレクトに歌詞が沁みこんでいくようだ。
様々な人の、いろいろな悩みがあって幸も不幸も客観的に見据えたような歌詞は、生き物として生まれて死んでいく人生を表しているようである。
それはタイトル曲のように、生きていく中での幸せとは、不幸せとは何かを問われているようでもり、それを本作のタイトルにしたのも納得の内容だ。

誰もが幸福のすみかを探しているが、やっと辿り着いてもそこは暗く寒い、幽閉された土地。しかし同時に自由でもある。
そこを「幸福のすみか」だと信じてとどまるのも、出ていくことも、全ては自身が決めなければいけない。今作を暗いアルバムととるか、明るいアルバムととるかどうかも、聞き手にゆだねられているのである。

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