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ゆらゆら帝国⑨「Sweet Spot」

アルバムについて

所持:済
好き度:★★★

2004年にベストを発売し、2005年にミディからソニーミュージックにレーベル移籍してから初めて発表されたアルバム。

アルバム「ミーのカー」以来、アルバム収録曲の中から先行でシングルが発売されてからアルバムを発表する形式をとっていたが、今作はシングルが無いまま発売された。しかし「3×3×3」ではシングルカットとしてシングル曲が発売されたが、今作はシングルカットもなかったためメジャーデビュー後では唯一のシングル曲が一切収録されなかったアルバムである。
それもそのはず、一見掴みどころがない癖が強い曲が多く収録されており、ゆら帝のアルバムの中では特にとっつきにくい内容のアルバムだと感じる。

ジャケのイラストが示すように、モノクロで陰鬱な世界観を感じさせるが何度も聴いていると不思議とクセになってしまうので正にスルメなアルバムだ。

曲ごとの感想

01.2005年世界旅行

1曲目にはそのアルバムの世界観が凝縮されていると私は思っているのだが、正にこの曲は本作の雰囲気を端的に表しているように思う。
フェードインで聞こえてくる謎の音から始まり、7分にわたり静かな3人の演奏とプロペラを連想させるような効果音のコラージュが繰り広げられる陰鬱な雰囲気の曲。雰囲気づくりに徹した深いリバーヴのギターが地味ながらいい。

ヘリコプターに乗って空を旅するという内容の歌詞は、普通開放的でポジティヴな雰囲気の曲になるはずなのにここまで暗い雰囲気の曲にこの歌詞を乗せるギャップも面白い。「どこだってすぐ行けるんだ この空は続いてるんだ」と歌っているのにどこにも行けなさそうな閉塞感が漂っている…。その他、様々な国を羅列して歌う箇所も妙にリズミカルで聴いていて気持ちいい。

02.ザ・コミュニケーション

本作のとっつきにくさの一つとして、序盤の2曲の曲調が渋めで、演奏時間が長いというのがある気がする。この曲は6分ほどの少々長めの曲で、一定してトレモロでゆらいでいるギターによる特徴的なリフをメインで展開される曲。その為何度も聴いているとリフが耳に残ってハマっていく中毒性も持っている曲だ。
シンプルな演奏で、ドラムもタムを基調としたプリミティブな演奏に感じるが、ボーカルと違うリズムで叩いていて単調に聞こえて妙なグルーヴのずれがあって面白い。

リフのキャッチーさもさることながら、語感を重視したような歌詞も聴いていてとてもリズムが良いので気持ちがよく、韻の踏み方も面白くいので歌詞カードを見るとより楽しめる曲だと感じる。
なので一見メッセージ性はなさそうに見えるが、「驚いた?ほら武器ではない」「普通に話しがしたい」など、切れ味の鋭い一文が紛れている。

03.ロボットでした

気の抜けたようなベースのフレーズから始まる曲。
歌詞がとても秀逸で好きな曲で、「残念ながらロボットさ それの心ここにはない」という最初のフレーズが本当に素晴らしい。坂本さんらしくユーモアを感じる歌詞は保ちつつ全体的にかなりメッセージ性を帯びた内容に感じる。

おとなし目な歌部分が終わり、間奏に入ると機械のようなノイズと共に全く異なる曲調に変わってしまう。不協和音を多用した演奏はもはやホラー。
その後何事もなかったかのように前半の部分に戻って終わるというかなり実験的な構成で、初めて聴いた時の衝撃もとても大きかった。

本作発売以降、後期のライブ定番曲としてセットリストに加えられる頻度が多く、ライブでは間奏は全員がかなり破滅的な即興演奏を数分間行って歌に戻るというアレンジで演奏された。前期でいう「EVIL CAR」や「午前3時のファズギター」のポジションだったのでは感じる。

04.急所

スローテンポな曲が連続する前半の曲群の中では異彩を放つアップテンポなナンバーで、前期のガレージサイケ的な作風が強い曲だ。

とはいえ、ギターの音はノイズよりのざらざらした歪みになっていたり、ポリリズムになっているリフが使用されていたりと前期の作風の焼き直しにはさせずにしびれ・めまいの作風を通過したひねったサウンドになっている所に実験精神を感じさせる。

05.タコ物語

ジャケがタコをモチーフとしたイラストだったり、MVも作られるなど、今作のリードトラックとも言える曲で後期のライブの定番曲でもある。
この曲も言わばリフものなのだが、ベースも同じリフをなぞるため全くコード感がないスカスカでヘンテコな曲調なのがとても異色。歪みすぎて軽く感じるギターの音も面白い。終始うっすら流れているノイズのような音も、歌詞も相まって波音のように聴こえるのでアレンジの面白さにも注目したい曲だ。

この曲で特に語られるのはその独特な世界観の歌詞で、愛に飢えているであろうタコが色んな海の生き物に求愛するという内容はかなり面白い。エロと海産物を絡めた歌詞は日本的でもあるし、生々しい良い意味での気持ち悪さもあり、非常なアングラな雰囲気で好き。

06.はて人間は?

今作はやたらとリフものが多い印象。この曲もリフを中心に展開され、あまりギターはコードで鳴らすプレイをしないのでミニマルな雰囲気がある。複雑なリフを弾きながら歌うかなり難易度が高い曲だ。

メッセージ性を感じる歌詞も特徴的で、「黄ばんだ視界を鵜呑みにしている」「体が頭に無断で出かける」など、思考停止で行動している人たちへの批判のように解釈できる。
前作収録の「侵入」にも通じるような歌詞で、痛烈な社会風刺的な内容にも関わらず嫌味を感じさせないのはユーモアを含んだ独特な言語選びにあると感じている。

07.貫通前

曲のほとんどが2つのコードで展開されるシンプルな曲で、「急所」同様前期の面影を感じさせる疾走感あるガレージロックな曲調となっている。
ギターのカッティングが特徴的で、後期頃に作風では珍しいくらいアグレッシブなバンドサウンドを聴くことができる。

タイトルから前作収録の「貫通」を連想させるが、歌詞を見る限り関連性はなさそうだ。

08.スィートスポット

タイトル曲。ゆら帝では珍しくピアノも入った曲で、イントロの即興的な演奏もかなり異色で、全体的に渋くアダルトな雰囲気が漂っている。ウッドベースのようなベースのプレイもあってジャジーな演奏になっている。
Amから入ったかと思いきやCmに流れるようにキーが変わっていく展開もかなり独特だ。

09.ソフトに死んでいる

実験的な音作りが目立つ本作の中でも特に攻めた音作りがされており、砲弾かのような極端に強調されたバスドラ、歪みすぎてどう弾いているかわかりづらいベース、ゆらゆらと揺れる音のギターと、確かにバンドの演奏のはずなのに全くバンドサウンドらしさがない混沌としたミックスになっている。
ライブでは原曲通りの再現が難しかったのか、新たに別のリフを使ったアレンジになっていてかなり違う印象を受ける。

これまた独特なタイトルだが、「言いたいことはない 伝えたいこともない」という人たちを「ソフトに死んでいる」と題するのはとても皮肉的で面白いタイトルだと感じる。

10.宇宙人の引っ越し

本作のラストはしっとりとした曲調で終わる。
ノイズのような謎の音から始まったかと思いきや、その音をリズムにそのまま曲が進む実験的なサウンドの曲。
タイトルそのまま、宇宙人が別の星を離れて引っ越すという内容もありどこか哀愁も感じる。

まとめ

レーベル移籍後のアルバムというややハードルが上がった中での発表にも関わらず、ここまでダークで攻めた作品を作れたのはとても凄いと感じる。

前作のしびれ・めまいで様々なアプローチでのアレンジに挑戦したことがしっかりと活かされたようで、より実験的なサウンドやアレンジが目立つ。
しびれでの冷徹なサウンドと風刺的な歌詞と、めまいのメロディアスでアダルトな路線が上手く融合された作風だと感じる。
そこから更に今作の特徴を挙げると、全体的にコード感は薄れ、リフを中心とした曲が増えたり、どの楽器とも判別がつかないノイズなどの効果音を積極的に多用したりなどによって歌詞だけじゃなくサウンドも独自性を完全にものしたように感じた。

特に「タコ物語」「ロボットでした」「ソフトに死んでいる」などは歌詞と曲、アレンジ全てがゆら帝独自ともいえる世界観が完成されており、以降のライブでは頻発することからもメンバーでもその完成度に手ごたえを感じているのではないのだろうか。
前期の名残も感じさせる「急所」「貫通前」においても、ただ前期の作風のオマージュに落ちたりせず、音作りで変化を加えている所にも今作の音作りのこだわりを感じさせる。

しかしながら、実験性を推し進めた結果キャッチーさはそれまでのアルバムに比べると少し落ちてとっつきにくさも出てしまったようには思ってしまった。
私も最初の頃は今作の良さを一回では気づけなかったが、聴いていくうちにアレンジやサウンドの豊かさに面白さを感じられて、結果的には他アルバムと同じくらい好きになったので、良さに時間こそかかるがはまればどんどん深みにはまるアルバムでもあることは確かである。

ゆら帝のアルバムの中では特に暗く陰鬱な印象のアルバムなので、そういう作品や曲が好きな人にはお勧めしたい。


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