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もう2度と会えない大人たちへ

  • 大学生になってから色々な大人に会う機会が増えた。大学教授、講師の先生方、ジャーナリスト、NPO法人、UN系などなどなど。それぞれの人生でいくつもの業績を成し遂げてきた人たち、お会いできるだけで恐れ多い。

  • その大人たちが儀礼のようにくれるのが名刺だ。私持ってないんです〜といってもまあ良いから良いからとくれることが多い。何かあったら連絡ちょうだいね、と温かい言葉まで掛けてくれる。

  • 私はスマホケースの中にしまって、お礼メールの文面を考え始める。飲み会だとこんな話したなぁとか、こういう話聞きたいなぁとか思ううちにどんどんメールを打つ気力が奪われていく。最終的に醗酵されてふにゃふにゃのしなしなになった名刺だけが残されることが多い。奇跡的にメールを送っても3回くらいラリーしておしまい。こっちから連絡することも特にないしねぇ、と自意識が語り始める。

  • ネットワーキングが重要なことは嫌というほど理解している。以前、インターンをしていた会社はほぼLinkedInとコネだけで回っていた。ワシントンポストやニューヨーク・タイムズなどそれが顕著だ。昔仕事をした縁で世界は回っている。

  • みんなそれぞれ生活があるのにどうしてそんなに覚え続けられるのだろう。化石のようになった名刺群を見ながらふと思う。はちゃめちゃに仕事が出来るか、あるいは徹底的にプロジェクトを破壊したかくらいしか考えつかない。仕事の戸棚の手前の方に置かれ続ける人。その信頼関係は純粋に美しいと思ってしまう。

  • 一方こちらはド凡人の大学生である。碌にプロジェクトを成し遂げたわけでも、ましてやガクチカがあるわけでもない。飲み会で一瞬すれ違ったひとなんかとっくのとうに忘れられているだろう。ライオンが潰したハエを覚えていないのと同じだ。

  • こんなことを思うのも私が怠惰なせいだろう。わかるわかる。でももうちょっと色々教えて欲しい。大人にどう接するべきかとか。

  • これまでありがたいことに多くの機会をいただいてきた。でもそこで出会った人の9割9分とはもう2度と会わない。あまりにもお粗末な勝率だが、人生なんてそんなものだと割り切ってしまった。

  • さようなら、かつて憧れた大人たち。またいつか会える日を心より楽しみにしております。


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