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【歌詩】無限ホテルで

「無限ホテルで」


 水に落ちた虫のように
 シーツの上に浮かんでる
 哀れな男は諦めの顔で
 太陽に抱かれる夢を見ていた

 いつわりのシャワーを浴びて
 見せかけのバスローブを着て
 確かな不安に身を委ねる
 そんな夜をもう、何十年も

 世界に催眠ガスが充満してから
 このホテルだけが安全地帯だ

眠らない頭 眠りたい体
眠れない訳は 眠れば分かるさ


 内緒で荷物をまとめて
 チェックアウトした彼女が
 いつかは戻ってくると
 そんな夢を見ていた

 フロントマンにことづけて
 私に届いた一葉の手紙
 今も忘れないでいる
 泣きたくても涙もでないよ

 どこにでもある愛を探してる
 どこにも窓のない 悲しいホテルで

眠らない頭 眠りたい体
抜け出せないのは この渇きから


 愛なんてなかった 手紙は萎びた
 灯りのない廊下 いつまでも真夜中
 目醒めるなら まず眠らなければ
 ずっと宙をさまよったまま

 きっとなんでもよかった
 あなたが抱きしめてくれるなら
 こんな私だったから
 あなたが唾棄して然るべきだった

いつだって祈っていた
あなたが別の街で今
くたばるように眠っているなら


 確かな終わりに身を委ねる
 そんな日々はもう、これでおしまい

眠らない頭 眠りたい体
眠れない訳は 眠れば分かるさ

眠らない頭 眠りたい体
眠れない訳は 眠れば分かるさ

眠らない頭 眠りたい体
眠れない訳は 眠れば分かるさ

眠らない頭 眠りたい体
眠れない訳は くびれば分かるさ






解説

今回紹介するのは「無限ホテルで」
今年の8月に書いた、比較的新しい歌詩です。

ちなみに「無限ホテルのパラドックス」とは全く関係ありません。この歌詩を書き終えてから知りました……





男にとっての「ホテル」

この歌詩は、「ホテルで暮らす男」が今までの生活を振り返る形で進行していきます。

男はベッドに横になっても眠れず「確かな不安」に包まれた生活を送っています。

歌詩が進むにつれ、男には愛した女性がいたと分かります。彼女はこのホテルから、手紙を残して出ていってしまいました。

どうやら男の「確かな不安」は、彼女との別れから来たものでしょう。


───歌詩を読んだ方ならもう分かるでしょうが、ここでのホテルとは「男の内面世界」です。

このホテルには窓がなく、周りの景色が一切見えない閉じた空間。そこで、帰ってくるはずのない彼女を探して、ホテル内をさまよっているのです。






「眠る」と忘れてしまう

この歌詩には「眠る」というキーワードが大きく関わってきます。

ホテルは宿泊施設であるのに、体はもう眠りたいと悲鳴を上げているのに、男はずっと眠れないのです。何故でしょうか?


僕は「眠る」行為が、次の日へと進むためのトリガーだと思っています。眠ると今日が過去に変わり、未来へと向かっていく感覚があるのです。

そう、男は「眠る」ことで「彼女との記憶」が過去のものになってしまうのを恐れていたのでしょう。

眠らなければ思考の堂々巡りは止まらないと分かっていても、彼女を忘れてしまう恐怖感は拭えなかったのです。

世界に催眠ガスが充満してから
このホテルだけが安全地帯だ


この部分は男の眠りたくない意志の表れであり、ホテルに籠って眠らないことで、あの時のように彼女に会えるのではないかと願っているのです。

しかし眠らない生活が終わるのは、時間の問題であると男は気づいています。

目醒めるなら まず眠らなければ
ずっと宙をさまよったまま

(中略)

いつだって祈っていた
あなたが別の街で今
くたばるように眠っているなら


このフレーズから「もう会えないのなら、せめて僕のことを忘れていてほしい」という切なる思いが読み取れます。


(ちなみに「そんな」という言葉もよく出てきます。これは、自分を他人事のように遠くから眺めている男の心情と「こんな私だったから」の「この」を効かせる効果を狙って書いてみた結果です。)





3人目の登場人物

もう男は、ずっとこのホテルで眠れずに終わりを向かえる他ないのでしょうか?
いえ、実は男がホテルから抜け出せる可能性はまだあります。


この歌詩には、男と彼女の他に、もうひとり人物が出てきます。それがフロントマンです。

男は彼女が去ったことを、フロントマンから送られてきた手紙を通して知りました。

つまりフロントマンは、男と世界とを繋ぐ唯一の存在なのです。

もしかすれば、男の家族や知り合いが手紙を送ってくるかもしれません。もっといえば、また彼女から手紙が届く可能性もあります。

手紙の内容次第では、それを受け取った男が、ホテルから出ようと決心したり、安心して眠れたりと、何か変化が起きるかもしれません。






さいごに

歌詩の最後のくびるは「首を吊る」という意味です。人は起き続けていると、精神をきたして死んでしまうそうです。

それと同様に、ずっと忘れないでいることが、眠らないのと同じぐらい危険なのではないかと思い、この歌詩を書きました。

思い詰めてしまう前に、ホテルという自身の内側から抜け出せるかどうか。

それは結局、自分でしか選択できないのかもしれませんね。

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