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-Colorful本屋- 恋はミル色【Vo.1】

 ボクの家には、酒カスが二人。毒親の母親と姉だ。
母親は、おまけにタバコを吸う。クサい、本当にケムい。

 この家庭でボク以外は女。
たぶん、世間的に底辺クラスの女性だと思われる。
ボクの名前は、常磐 海松(ときわ みる)。
みるちゃんって、いつも男女問わず、からかわれていた。
家で女という生き物の悪いところばかりを嫌と言うほど
(だらしない格好とか、酔っ払って下品に笑う姿とか)
見せられているせいでふつうの男子高校生となにかが違ってしまった。

だから、ボクは女の子を好きになることがないのかもしれない。

 小さな頃は、父親もいた。ふつうだと思っていた。
ボクが小1の夏休みが終わる頃、突然両親は離婚した。
その時は、事情がよく分からなかったがどうも父親が多額の借金を
作っていたらしい。

 8年の月日が流れて、ボクは高校生になった。
中学生までは、スマホも買ってもらえないような貧乏生活。
母親は、教育のために買わないと言っていたがお金がなかったのだろう。
高校では、連絡が携帯に送られてくるシステムだったので、入学式の日に
慌てて契約に行った。

 スマホがあると、コミュ障のボクにもちゃんと友達ができた。
なぜ、今まで気が付かなかったんだろう。
文明に乗り遅れるとコミュニケーションが断絶してしまうことに。

 ボクは、運動部に所属しなければいけないという、家庭のナゾルールに
則ってバスケ部に入部した。
母によると、
「男はエネルギーが有り余るとロクなことしない」らしい。
(まったく意味わからん。)

 なぜ、バスケ部かというと、見てしまった。部活動体験の日。
藍原さんのスゴイプレー。
ボクのこころに焼きつけられた、フィルムで撮った写真のように。
『ドリブルでコートを駆け抜ける彼の姿。
まるでボールに見えないクモの糸がついているように。
鍛えられた腕の筋肉、45度の姿勢で走る姿、
額から飛び散る汗までもが、キラキラと輝いていた。』
(なんて美しいフォームなんだ。)
ボクの視線が一瞬で釘付けになった。

 プレー姿を見てから四六時中、その瞬間が頭の中を駆け巡り続ける。
(なんだ? この感覚は……)
きっと、ボクは初めて恋をした。同性のセンパイに。
ひとめぼれって、おコメの品種だけの存在と思ってた。
自分の気持ちに気がついたきっかけは、友達の恋バナを聞いたからだ。

「なあ、海松よぉ。好きな人って、いるのか? 」
校舎の屋上で焼きそばパンをパクつきながら、
承和(じょうわ)が聞いてきた。
「なっ。なんだよ、急に。」
ボクは、あやうくシャケおにぎりを落っことすところだった!
「いやさ、同じクラスに気になるヤツがいて。」
「おおーー。」
人の恋愛話は、ちょっとうきうきする。
「で、誰なんだ? 菊池くんのお気に入りの娘って。」
ボクはニヤつきながら、いじってみる。
「うん、瞳が大きくて見つめられると吸い込まれそうな。」
「へぇ。そんな娘いたっけ。」
(正直、まったく分からなかった。)
「あのさ、自分でもびっくりするほど一日中、考えてしまうんだよ。」
「なるほど。そんなに夢中になるんだ。
それでお相手は? 教えろよぅ。」
ボクは、承和の脇腹をつっつく。

「あーもう。金田 亜麻さん! 」
「えっ、そうなん? あ、承和くーん、顔が赤くなってるぞ。」
ボクが指摘した瞬間、
「うわーーーーーっ」
菊池は、叫びながら屋上を走り回った。
「あははははは」
その姿を見て笑ってしまったが実は、
人のことを笑っていられるほど、余裕はなかった。

 認めるしかなかった。自分の気持ちを。
最初は本当に憧れているだけだと思っていた。
藍原センパイは、めちゃくちゃモテる。
だから、バスケ部のマネージャーは、センパイがコートの中にいると
ほぼ全員、瞳がハートになって立ち尽くしている。

 その姿を見て、自分もはっと気づくのだ。
(ヤバい、見とれてた。動かなきゃ。)
ノロノロとボールを手にドリブルの練習に戻る。
ただ、不思議なことにセンパイは彼女がいない。
なぜ、彼女を作らないのか、このときのボクは
まったく分からなかった。

 2月14日。朝からセンパイは、忙しそうだった。
というのも、休み時間は分単位で告白されまくっていたから。
順番の列が出来ている。人気のラーメン店かと間違うほどだ。
そして、どんなかわいい娘もきれいな才女でさえも
ことごとく振られていた。
センパイの返事は、すべて
「ごめんなさい。気持ちには応えられない。」

 噂では、この現象は毎年の恒例らしい。
センパイは誰のものにもならない、アイドルのような存在だ。

 ボクといえばスキな気持ちを
すべてバスケットボールに打ち込んで。
ボクの生活は淡々と過ぎていった。
勉強と部活、とにかく頑張った。
でも……自分では気づかないうちに、
視線はセンパイをロックオンしていた。

 誰にも言えない、この想い。秘めた恋心。
なぜ、ボクはふつうの感情を持っていないのだろうか。
男が男を好きになるなんて。頭がおかしいのかな。
でも、小さな頃はちゃんとかわいい女の子を目で追っていたと思う。
日に日に辛くなっていく。胸が張り裂けそうに苦しい。

 夏休み。バスケット部の夏合宿が始まった。
山あいにある研修施設で1週間。ずっと、バスケと宿題の団体生活。
家じゃないところでの暮らしは、快適だった。あることを除けば。
そう、大好きなセンパイと食事もお風呂も一緒。
もちろん、練習もだ。しかも優しい先輩は、宿題の分からないところも
教えてくれる。距離が近い。必死にバスケや数学、古文なんかに集中した。

「常磐、ちょっと手伝ってくれ。」
ひえ~っ。名指しで手伝い要請だ。無理、無理、むーりー!!
だが、センパイには逆らえない。運動部だから。

 センパイは、女子マネージャーが持っていた重い備品を
ひょいっと奪ってボクを手招きする。
「はっ、はい。」
緊張して、心臓がカラダから飛び出そうだ。
「ありがとな。」
センパイはそういいながら、ボクの頭をくしゃくしゃとなで回す。
(心地いい、あ〜〜ずっとされていたい)
すると、センパイは
「ん、気持ちよかったのか、常磐はやっぱりわんこっぽいな。
 かわいくて、連れて帰りたいよ。」

 ずるい。そんなことを言って、ファンサしてくる。
(そんなに気持ちよさそうな顔、してたんかな)
思い出すと顔がニヤけてくる。
(いかん、いかん。気持ちをオモテに出すな。)
ボクは懸命にあふれ出るセンパイへの気持ちを
自制していた。

 合宿に来て最後の夜。あっという間の一週間だった。
消灯時間が来てもなんだか、眠れない。
本当は、イケナイけどこっそりと独りで宿舎の外に出てみた。
(わーーー星がきれいに見える)
まるで、空全体がプラネタリウムになったように。
手を伸ばせば、届きそうなくらいに。
数え切れない無数の星。金色の光が空いっぱいにあふれていた。
(あ、天の川も見える! わ、流れ星だ。また、流れ星。)
次々に降ってくる光線が瞳の中に入ってくる。

 感動していた。自然の美しいショーに。
すると、いつの間にか隣にはセンパイが。
あまりの衝撃にカラダがドキッとなって無意識に動く。
「びっくりさせないでくださいよ。」

「はは。ごめん。あまりにも夢中で
空を眺めているみたいだったから。驚かせてしまったね。
星がたくさんあってキレイだな。」
「はい。美しさに見とれてしまいました。」
星に見とれていたけど、隣のセンパイには敵わない。
星の下で見るセンパイはいつもより、1万倍輝いて見えた。

 何かをしゃべってなくてはならなかった。だから、
「こんなにたくさんの流れ星だったら
願い事がかないそうな気がしますネ。」
そんなことを言ってみた。
なぜなら、ボクの心音が静かな周囲のせいで聞こえてしまわないかと
心の中はめちゃくちゃ、焦っていたからだ。

「ああ、そうだな。願ってみるか。」
そう言うとセンパイは、目を閉じて手を合わせた。
つられてボクも願い事を心のなかで唱える。
(センパイともっと仲良くなれますように……)

「いい合宿だったな。また、一緒に来たいな、海松。」
「ふぇっ?! 」
どうして、急に名前で呼ばれたのか、分からなくてびっくりした。
この時は、自分の気持ちを悟られまいと必死で
センパイが自分をどう思ってるかなんて想像できなかった。

 静かに夜空をに二人並んで眺めていると少し落ち着いてきた。
なんだかセンパイをスキなことを、
星たちが認めてくれた気がした。
(スキでもいいのかもしれない。自分の中では自由だもんな。)
そんなふうに思えてきた。

 それからボク達は、肩を並べてしばらく夜空を見つめていた。
その間、いくつもの星が、深くて青いキャンバスに
金色の線を引き続けていた。

 次の朝、合宿を終えたボクらは帰路についた。
終わってほしくなかった。楽しすぎた。
家に帰ってぐったりとベッドに横たわって
”また一緒に来たいな、海松”
の意味についてぼんやりと考えていた。
ずっと、考えていたつもりがいつの間にか眠っていたらしい。
「ご飯よーー」
母親のいつもの号令で重い体をリビングへ運んだ。

 合宿後の8月。大会の日。
そして、センパイ達の引退の瞬間が近づいてきた。
コートの中を走るセンパイの姿。
ずっと、焼き付けておこうと携帯のシャッターをきった。
(カシャッ! )
この写真だけでボクの秘めた思いを完結しようと思っていた。

 大会の結果は、地区で3位。
惜しくも県大会に進むことはできなかった。
センパイ達が引退する。週末の慰労会で
もう一緒の時間を過ごせなくなる。

 考えただけでゾッとした。
いつも見られるはずの姿が体育館から
消えてしまうのだから。
センパイとの接点がなくなってしまう。
「うぅ。寂しいよ。」
家に帰って部屋で独りで泣いた。
涙を流すことなんて小さな頃が最後だったのに。

 スキな人と会えなくなるのが
こんなにも辛い。ボクの気持ちは本物だったことに気づく。
その日は、夕ご飯も喉を通らなかった。

 センパイ達の慰労会。近くの焼肉店で開かれた。
ボクはあらゆる係を請け負って、忙しく時間を過ごすことにした。
受付や会計、それから写真を撮る係。
特に写真を撮る係は、都合良かった。堂々とセンパイの写真を
撮ることができるからだ。
公私混同、サイコー!!

 そうやって、公衆の面前で涙を流すという不名誉な事態を
ボクは見事に回避することができた。

 二次会のカラオケでもボクは、他の人が歌っているのを尻目に
全員のドリンクの状況を確かめて、注文することに専念した。
そんな中、トイレに行こうとする藍原センパイに捕まった。
「常磐、俺は引退するがお前との関係はこれで終わりじゃないと
思ってるんだ。でも受験が終わるまでは、ちょっとばかし忙しいからな。
いいか。それまでは、我慢だぞ。」
なんだか、また意味深なセリフをもらう。

 あまり、深く考えると泣いてしまいそうだった。
だから適当な感じで返事をしてしまう。
「はぁ。分かりました。」
きっと、センパイはボクのココロがここにないと悟ったに違いない。

 センパイが部活からいなくなって、マネージャーの数が格段に減った。
仕方がない。アイドルがいなくなったのだから。
ボクらの仕事が増えたが好都合だった。
考えても仕方がないことをココロに留めなくてすむから。

 学校の行事も体育祭に文化祭、期毎の中間や期末のテスト。
やたらと忙しく毎日が過ぎ去っていった。
そして、今年ももう終わりに近づいた時にセンパイから
メッセージが届く。始めはなんのことか、理解できなかった。

”海松、正月に時間を作ってほしい。君と一緒に初詣に行けたら
合格できそうな気がするんだ。また、連絡する。”

 センパイは、ボクのことを妖精かなにかと勘違いしてるのか?
とにかくすぐに返信した。
”了解です。いつでも時間、作ります。”
すると、またすぐに。
”ありがとう。うれしいよ。”
なので、ボクはかわいいわんこのスタンプで
”頑張ります”
と送った。特に感情を込めないように気をつけて対応した。
携帯の中にひっそりとあるセンパイの笑顔は、見ないようにして。

 1月1日新しい年が明けた。
なんと、31日の夜中からなぜかセンパイと一緒に
参列の順番に並んでいた。しかも二人きりだ。
いや、みんなと一緒の誘いかと思っていた。
ヤバい。ボクがセンパイを独り占めしてる。
そのことを考えるとニヤけが止まらなくなってしまうので、
冬休みの課題である、英単語にアタマをもっていく。
ちょっと、ぶつぶつと唱えながら。

 センパイも受験用の暗記シートを手に並んでいた。
心のなかで(まじめか!! )とツッコミをいれたくなったが、
とにかく意識すると困った事態になる。”無”でいよう。

 あと少しで賽銭箱に到達するところで、
「海松、5円玉、用意してるか? 」
と、センパイが急に顔を覗き込んできた!
「わわっ! 」
びっくりして、転けそうになった。
「あ、ないかも。です。」
呼吸を落ち着けながらかろうじて応えられた。

「ふふ、そっか。じゃ、これを投げろ。」
まただ。気遣いがうれしすぎる。
「ありがとうございまぁす。」
素直に受け取った、センパイからの5円玉。
本当は、神様になんかあげたくなかった。

 やっと順番が来たころ、新しい年の朝が始まっていた。
二人で並んでお参りする。願い事は、もちろんセンパイの合格。
センパイは容姿だけでなくて、成績もいいから落ちることはないと
ボクは思っていた。

 本当に天はこの人に何もかもを与え過ぎではないかと。
かっこいいし、成績優秀、バスケットでも誰にも負けない。
でも、ボクは知らなかった。
この『藍原 伎按』という人間の苦悩を。
そして、このボクこそが彼にとって救世主となるということを。

恋はミル色 Vo.2
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